戸倉山 市野瀬コース

2020年9月15日、今年初めて山に登って来ました。と言っても低い山の日帰り登山です。今までは戸倉山へは長野県駒ケ根市中沢の戸倉キャンプ場から登っていましたが、今回は反対の東側の伊那市長谷(はせ)の市野瀬から登りました。コースは下の地図をご参照ください。

下の写真… 登山口に行くために林道を車で登って行きましたが、林道は途中に崖崩れが発生していて通行不可でした。手前の広いところに車を置いて、空身でここを乗り越えて歩行なら通行可能を確認し、再度荷物を背負って通過しました。。梅雨の豪雨で7月の中頃に崖崩れが発生したようです。100mくらい上から崩れて、林道に50m幅で覆いかぶさっていました。設置してあった崩落防護壁も崩れ、それより高い所からの崩落には耐えられなかったようです。

下の写真… 崩落から約2カ月経っていて、その後は雨も余り降っていない事から山肌は乾燥しており、二次崩落の可能性はなさそうです。小石がカラカラと落ちる音もありませんでした。テレビで崖崩れの場面をよく見ますが、実際に見るとそのパワー、凄さを実感できます。

下の写真… 林道を更に上に歩いて行くと石が沢山崩れ落ちていました。これは林道横の大きな岩が細かく崩れて落ちたものでした。今までは大きな岩は大丈夫だろうと思っていたのですが、岩によってはこんな崩れ方をするのだなと勉強になりました。

下の写真… 林道を30分弱、約2㎞歩いて登山口に到着です。風雨に晒されて褪せていますが、なかなか立派な登山口の標識です。画面左の小さい標識を拡大すると分かりますが、頂上まで2.1㎞です。この登山口の標高は1200mで、戸倉山頂上1681mまでの標高差は481mになり平均斜度は約13度になります。

下の写真… 登り始めは鬱蒼とした林の中をジグザグに登って行きます。途中で栃の実が落ちていました。

下の写真… 15分程で尾根に出ると、塩見岳が見えました。

下の写真… 約半分、頂上まで後1㎞地点に到着です。このコースは100m毎にこういう表示があり、かなり親切なコースです。この日はこのコースは私一人だけという贅沢をさせていただきました。人が全くいないのは心細いのですが、コマメな標識に励まされます。

下の写真… 約1時間くらいで見晴台1545mに到着です。白樺の木やベンチもあり中々雰囲気のある場所です。

下の写真… 北東の方角に田中陽希さんもビビった鋸岳2685mが見えます。双眼鏡であの岩峰を見ましたが、私には恐ろしくて行く気にもなれません。

下の写真… その鋸岳の右横に甲斐駒ケ岳2967mが聳えています。

下の写真… 真正面で一番近くに堂々と聳える山は仙丈ケ岳3033mです。画面左中央に頂上に向かって真っ直ぐ伸びていく尾根が有ります。ここも仙丈ケ岳へのルートの一つ地蔵尾根ルートです。現在は北沢峠から登るルートが主流ですので、この地蔵尾根ルートを知る人はかなり少ないのではないでしょうか。

下の写真… 仙丈ケ岳の直ぐ右横奥に、日本第二の高峰北岳3193mが顔を見せています。

下の写真… 北岳の右横には第3位の間ノ岳3190mが大きく聳えています。

下の写真…更に大きく右横に首を振ると塩見岳3052mが木の葉の額縁に収まって見えます。右側の黒い二瘤の山は二児山(ふたごやま)2243mです。

下の写真… 見晴台で20分ほど時間を潰したので、慌てて頂上に向かいます。が、そうは問屋が卸しません。今度は綺麗な花が咲いていて、歩みがそこかしこで止まってしまいました。これはトリカブトです。毒草ですが花は紫色の綺麗な花です。

下の写真… 一輪だけの清楚なフシグロセンノウです。こんなのが薄暗い登山道脇にあると、ハッとして足が止まります。

下の写真… タカネナデシコです。頂上付近に一つだけ咲いていました。小さいけれどこのピンク色はとても映えますね。

下の写真… ナデシコの近くにクモキリソウのような感じの小さな花が咲いていました。が、クモキリソウではありません。家に帰って山と渓谷社の「日本の野草」という1534種類の花が乗っている本を端から見ていきます。1時間ほどかかってやっと見つけました。リンドウ科の「ハナイカリ」という植物です。花の形が船の錨に似ている事からの単純な命名です。

下の写真… 頂上付近では秋の訪れが始まっているのでしょう。紅葉した落ち葉が数枚地面に落ちていました。この葉っぱは楓の仲間かな?


下の写真… 東峰の頂上です。12時を少し過ぎて辿り着いたのですが、周りの山は総て雲の中で、頂上からの眺望写真は有りません。見晴台で撮れたので良しとします。

下の写真… こちらは西峰の頂上です。この盛り上がった所が当然頂上ですが、盛土のような感じです。そして周りに石碑が三方向にあり、結界が張られている様な感じがして、この中に入るのは憚られますし、入る人もいません。とんでもない妄想ですが、ここは古墳または何らかの遺跡ではないかという感じがしないでもないのですが?

下の写真… 東峰に安置されている薬師如来像の説明文です。この説明文によると奈良時代(710~784年)の737年、聖武天皇が名僧行基に命じて戸倉山山頂に薬師如来像を安置したのが始まり、と説明されています。あんな大昔の時代にも奈良からこんな山の中に来る道が有り、駒ケ根の中沢や伊那の長谷にも人の営みがあったのかと思うと驚くばかりです。平家の落人が全国の山の中に散らばったという話は聞いていますが、この話は平家滅亡より約450年前の事です。という事は日本人は多分古墳時代(285~562年)から飛鳥時代(574~708年)にかけて、日本のかなり奥深い地域まで生活圏を広げていたという事ではないでしょうか。

下の写真… 下りは歩くことに専念し、約1時間で下りてきました。この写真は登り口(4枚目の写真)のすぐ横にある林道工事(崩落ではなく林道延長の工事)のための進入禁止の看板です。その左端を見て下さい。江戸時代の高札のようなものが立っています。いままで他の林道ではこのようなものは見かけた事が有りません。近寄って見る事にしました。

下の写真… 林道工事を請け負っている赤穂建設の「工事現場おたより」です。発行責任者は現場監督の松下さんという事です。内容はこれを読んでもらえば分かりますが、ユーモアセンスもあり、危険な昆虫の紹介もありで楽しい掲示板になっています。これを高札にして登山者やハイカーの興味をそそるのは素晴らしい感覚をしています。また林道は雨などで削られてどうしても荒れます。それに対して「段差注意 徐行」というような看板を立て(3枚目の写真参照)、林道工事の車の運転手さんに注意を与えています。これは工事のために事故が起こらない様配慮した労働安全のためのものと思います。色々と配慮工夫している素晴らしい監督さんですね。

2020年9月20日 記  カメラ SONY  RX100M6

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。