地龍の剣60

   一万両輸送の巻3

「ウッッ、ムムーッ、わ、儂の負けじゃ。残念……」

右京は前に崩れ落ちて動かなくなった。龍之進は右京の太刀筋を見破れた事にホッとしたが、直ぐに倒れた右京に片手で念仏を唱えた。

「お見事! 龍之進殿。」

山岸がそう言って残りの浪人二人に近づくと、二人は刀を投げ出し跪いた。山岸は魂が抜けた様な木島屋と浪人二人を縄で縛り立たせた。捕り方は死んだ右京を戸板に乗せ、大八車は人足に運ばせて鍛冶橋の南町奉行所に向かった。奉行と峰山親子は言葉少なにその後をゆっくりと歩き始めた。駿河大納言の屋敷の塀の上には鬱蒼とした松の枝が張り出していた。そこには風魔のお風がそっと潜んでいて、この門前の事の成り行きを見ていたのだった。

お風にも何故企みがばれたのか分からなかった。しかし右京を切った若い侍に思い当たる事があった。もしかすると以前藤野屋の会合からの帰り道に、御前様を付けて来た侍ではないかと感じたのだった。あの時、千助との連続攻撃で倒すつもりが、自分が切られてしまったのだ。あの恐ろしい腕の侍に違いないと、お風は枝から少し乗り出して顔をよく見ようとした。その時龍之進は何故か誰かに見られているような気がして、チラッと塀の上の松を見上げた。お風は焦ったが息を止めてじっと動かずにいた。龍之進は直ぐに視線を元に戻して、何事も無かった様に去って行った。

奉行所に着いた捕り方は大八車や捕縛した木島屋らを係りの役人に渡すと、二組に分かれて再出動した。一組は大黒屋に向かい、もう一組は木島屋の材木置き場だ。大黒屋は店の奥でのんびりと一服していた。

… ボチボチ一万両が御前様の屋敷に届いた頃だな。計画も最後の段階になった。最後の駄賃にもう一回押し込みをやり、儂も甘い汁を吸わなければな …

大黒屋としては至福の一時だった。その時捕り方二十名が店表を囲み、山岸同心が店の中に入って叫んだ。

「御用だ! 大黒屋、押し込み強盗並びに偽小判作りでお縄にする!」

大黒屋は慌てたの何のって、吸いかけたキセルをポトリと落としてしまった。山岸がそこへ踏み込んできた。

「大黒屋、おとなしくお縄に就け!」

「ど、同心様、何かの間違いでは?」

「黙れ!証拠は挙がっている。先程木島屋も捕縛したぞ。」

その言葉に大黒屋はすっかり観念した。大黒屋に縄を掛けながら山岸は訊いた。

「偽小判を作る場所は何処だ? 今これから案内致せ。」

「千住大橋に近い本木村に御座います。舟で行った方が早いかと思います。」

山岸同心は直ぐに二丁櫓の舟四艘を用意し、大黒屋を案内人にして本木村へと漕ぎ上がって行った。一方別の同心と捕り方約三十名は木島屋の材木置き場の表と裏を固めた。そして中にある押し込み一味の隠れ家に一斉に殺到した。一万両の護衛に右京と浪人二人が出て行ったので、残るは浪人一人とやくざ五人だけだった。始めは抵抗したが多勢に無勢で一人二人と捕縛され、あっけなく全員捕らえられてしまった。その頃舟で本木村に向かった山岸同心と捕り方は、偽小判作りの隠れ家を急襲し、一味を抵抗なく捕縛したのであった。

一方御前は門前の大騒ぎの後自室に戻って、今後如何しようかと考え始めていた。しかし何故か怒りが湧いてきて考えが中断されるのだ。ここまで上手くいっていたのに何でこうなったと、何度も何度も呟くのだった。大黒屋がドジを踏んだのか、木島屋か、何処で如何なったのだと頭の中は色んな推測が渦巻いていた。が、やっぱり如何しても分からないのだ。お風は天井の上から、ブツブツ言いながら部屋を歩き回る御前を見ていた。御前の悔しい心の内は手に取る様に分かるのだ。お風には陰謀が破綻した原因がある程度推測が出来ていた。

… 原因はあの男、あの腕の立つ若い侍だ。あの男が何かの切っ掛けで藤野屋での御前様の会合を知り、この陰謀の話を聞いていたに違いない。そして御前様の正体を探るために後を付け始めたところだったのだ。あそこで二人だけで襲撃したのが間違いだった。逆にあの男の後を付け、何処に帰るかを探れば良かったのだ。そしてそのすぐ後に風魔の全員を、と言っても五人しかいないが、その全員を集めてそこを急襲すれば良かったのだ …

お風の心も乱れていた。しかし過去を如何こう言っても如何にもならないのだ。それは分かってはいるが、残るのは後悔の念だけだった。下にいる御前はそれでも段々に心が落ち着いてきた様だった。座布団に座り脇息(きょうそく)にもたれ掛かると次の手を考え始めた。しかし事ここに至っては手など有りよう筈もなかった。もはや自分が腹を切る他ない、しかしお家御取り潰しは免れるだろうと一縷の望みは持っていた。

何と言っても駿河大納言様は今の将軍家光様の弟君なのだ。今まで何回も不祥事はあったが、弟という事で何とか許されてきたのであった。ならばどうせ腹を切るなら、毒をも喰らってみようと御前は思うようになっていた。もし暗殺が上手くいけば大納言様が将軍になる可能性もあるのだ。でも一万両あれば必ずなれるだろうにとの悔しい思いが頭を過ぎったが、もう如何にもならない事だった。嘆息と共に天井を見上げて言った。

「風魔は居るか?」

静かに天井板が外され、黒尽くめの忍者が音もたてずに飛び降り平伏した。

「お風、見ての通り事は露見した。儂は切腹する。だが最後の仕上げを見ずにあの世に行くのは心残りである。数日のうちに最後の仕上げを決行せい。儂はそれを見届けてあの世に参る。そこの机の上に百両ある。それを持っていけ。」

「ハ、御前様、必ずや。」

「ウム、楽しみにしておるぞ。」

お風は一礼すると百両の包みを押し戴き、外の庭に姿を消したのであった。

次回 地龍の剣61 に続く

前回 地龍の剣59

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。