地龍の剣61

   風魔襲撃の巻

一方、木島屋を捕らえて一万両と共に奉行所に戻った峰山親子は、再度出動した捕り方が帰って来るのを一刻ほど待っていた。そして二組に分かれた捕り方が帰ってきて、悪党共一味の総てを捕縛した事を奉行に報告した。これで町奉行の範疇としての事件は終わり南町奉行の島田はホッとしたが、峰山親子にはまだ最後の大仕事が残っていた。悪党一味が一掃された事を確認した峰山親子は江戸城に向かった。将軍家光の警護のためだ。江戸城の本丸中奥に入り家光に今日の捕物の話をした。家光は大納言屋敷の門前の事の成り行きに興奮して聞き入っていた。その話が終わった後、三人だけで何やらひそひそと相談が続いたのであった。

その日の午後、本丸の周りを散策する龍之進の姿が見えた。風魔の侵入経路を探っていたのだ。本丸の東側は門や石垣が多く、また本丸までの距離も長くて侵入には不向きだろうと推測した。ところが本丸の西側は直ぐ蓮池濠で、その向こうは紅葉山や御三家の屋敷があった。反乱軍が攻めて来るなら御三家の守りで本丸侵入は阻止できるが、忍者の侵入には無防備と思われたのだ。そこで龍之進は本丸南の上埋門、下埋門を通って蓮池門を抜けて蓮池濠の西側に出た。お濠の向こうの北東側には江戸城天守閣が堂々と聳えていた。

蓮池濠の石垣の高さは十間を越えていた。戦支度の兵では登れないだろうが、石垣には少し隙間が有るので、身軽な忍者なら登れると龍之進は推測した。蓮池濠の南から北へ、西詰橋(普段は橋が跳ね上がっている)まで石垣を見ながらゆっくりと歩いて行く。濠の水面近くの石垣には緑の苔が生えていた。しかし西詰橋の少し手前では、苔が剥げた様な場所があったのだ。しばらくその場所の上下を観察し、その対岸の自分のいるお濠の土手際を眺めていた。そして一人頷いた龍之進は本丸に戻って行った。

その夜は本丸に泊りであった。上様の寝室の横の部屋で、龍之進は父と交代で見張りを行っていた。次の日の二日目も何も起こらなかった。

事件は三日目の夕方遅く、夕餉時に起こった。中奥の御座の間に将軍家光は座り、毒見が終わるのを待っていた。家光の後ろには三日前から立派な松が描かれた屏風が、後ろの床の間の前に置かれていた。これは家光が命じて置かせたものだった。そして家光の左右の斜め後ろには、御付きの奥小姓が二人待機していた。左の御付きは奥小姓に化けた護衛役の龍之進であった。右の御付きは今までの奥小姓が控えていた。配膳役の表小姓が毒見を終えた膳を家光の前に恭しく置いた。家光は今日の夕餉は何かなと膳の上に目を走らせた。

その真上の天井裏では風魔のお風が忍び寄っていた。毒見をいくら厳重にしようが如何しようが関係ないのだ。毒見の終わったお椀に、家光が食べる寸前に毒液を入れれば目的を達せられるのだ。その毒液は数種類の毒キノコと猛毒植物を煮詰めた液で、余り味はしないが数滴で人間を殺せる風魔秘伝の毒液であった。お風は天井板を僅かにずらし、その隙間からその毒液の入った細い竹筒を差し出した。その先端を膳の上の味噌汁に狙いを付けた。今までに此処に何度も忍び込んで、誰もいない時に狙った所に水を落とす練習をしていたのだった。狙いを外す事は先ず有りえないのだ。しかし、家光の目の前のお椀に落とすのだ。感ずかれないようにする工夫が必要だった。

その時、龍之進は顔に微かな冷たい空気が下りて来るのを感じたのだ。その空気の中に以前嗅いだことのある芳香が僅かに混じっていた。楓川で忍者に襲われた後、川岸に漂っていた芳香だったのだ。冷たい風が下りて来る上をそっと見上げた。二尺ほどの細い竹筒が天井板の隙間から膳の真上に伸びていた。龍之進は懐に手を入れた。

その時、部屋の反対側の隅に大きなネズミがドスッと音を立てて落ちたのだ。これは部屋の隅の天井裏に潜んでいた風魔の百蔵が、お風の動きを見計らってネズミをそっと投げ落としたのだ。家光を始めほとんどの者が驚いてネズミを見た。お風は今だと毒液をお椀に落とそうとした。その瞬間、お風の持っていた毒液の入った竹筒がバシッと吹っ飛ばされたのだ。龍之進が石礫を投げて細竹に命中させたのだった。お風はアッと思ったが如何にもならない。家光毒殺の企みは失敗したのだった。

飛ばされた細竹と石が家光の前横に落ちて来た。その時右後ろに控えていた奥小姓がスクッと立ち上がって脇差を抜いた。御前の伝(つて)で本丸に潜り込み小姓を務めていた万助だった。毒薬の失敗を見た万助は直ぐ第二の計画を実行した。家光を護衛するような素振りで一歩踏み出したその時、床の間前の松の屏風の陰から清之進が刀を抜きながら素早く飛び出してきたのだ。驚いた万助がすぐ横に迫って来た清之進を切ろうと刀を振り上げた時には、清之進の刀が小姓に化けた風魔の万助の胴を真横に切り裂いていた。今度は皆の注意が倒れる小姓に向いた時、部屋の奥の片隅に黒装束の忍者が飛び降りてきた。

風魔の百蔵は第二の暗殺計画失敗を見て、直ぐに第三の計画を実行したのだ。龍之進はそれを見逃さなかった。サッと家光の前に出た。その時には毒を塗った手裏剣が家光めがけて飛んできていた。龍之進は脇差で辛うじてそれを払った。しかし百蔵は次の手裏剣を矢継ぎ早に繰り出してきた。龍之進は数歩ずつ前に前進しながら手裏剣を叩き落としていった。百蔵は焦っていた。家光と自分の間に龍之進が入り込んで、手裏剣が家光に届かないのだ。その時龍之進の手が素早く懐に入り、何か掴んで百蔵めがけて投げたのだ。石礫が百蔵の顔めがけて飛んで行く。百蔵はこの平凡な反撃に、せせら笑いで刀を振り石礫を叩き落とした。

その瞬間、百蔵はアッ?と思った。まだ石礫が向かってくるのだ。が、もう間に合わない。もう一つの石礫が百蔵の顔面を捕らえていた。龍之進は青梅の山で印地打ち(投石)の練習をしていたが、叩き落とされる事を想定して、道灌山で二つの石を投げる技を完成していたのであった。激しい顔面の衝撃に百蔵はクラクラッとし、思わず顔に手を当てた。が、直ぐに意識が戻り慌てて手を顔から離した。その時百蔵は見た。龍之進が眼前に迫っているのを。百蔵は刀を振り上げたが反撃が間に合わない。龍之進の脇差が胸を貫いていた。百蔵は激痛を堪えて天井を見上げ、そこにいるお風に向かって、去れと言う様に首を振り崩れ落ちていった。

次回 地龍の剣62 に続く

前回 地龍の剣60

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。