地龍の剣59

   一万両輸送の巻2

門の前に居る御前が怒りに震えて言葉を発した。

「そうじゃ。我が大納言様の御用達である。お主達は何か間違えておるのではないか。邪魔立てすると容赦はせぬぞ!」

御前の後ろには十数名の藩士たちが出てきて、刀に手を掛けていた。すると南町奉行の島田がスッと前に出て言った。

「儂は南町奉行所の島田利正である。木島屋、その材木の下に千両箱が隠してあるな。全部で一万両あるはずだが、どうだな。」

「お奉行様でしたか。いやいや、千両箱は持っておりませんが。」

「ただの小判なら何も文句は言わぬ。曰く付きの小判が入っておるでな。」

木島屋と御前は奉行の言葉に何か嫌な感じがしてきていた。まさか一万両を作ったカラクリがばれるはずがないと思っていたが、その自信が揺らぎ始めてきたのだった。木島屋は慌てて言い訳をした。

「実を言うと、確かに千両箱は持っておりますが、これは大納言様にお貸しするためのもので御座います。」

「木島屋、そこに入っている小判は笹山という男が押し込み強盗で盗んで、それを元手に大黒屋が偽小判を作り、その偽小判でお主木島屋が材木を買い、更に材木町に放火して材木相場を吊り上げて作った金だ。どうだ、相違あるまい。」

奉行の話を聞いているうちに木島屋と御前は真っ青になり、ブルブルと震え出しがきていた。まさか悪巧みの筋書き全てを知られているとは思わなかったのだ。どうして漏れたのだと思いつつ、御前は破れかぶれになっていた。後ろを振り向き様に控える藩士達に命令した。

「あの三人を切り捨てい! お奉行とは真っ赤な偽りだ!」

十数名の藩士が門から飛び出してきた。その時清之進が懐からサッと御用札を出し、それを上に掲げて大声で言った。

「待たれい! これは将軍家光様が直々に下された御用札である。我々は上様の御用を仰せつかっているのだ。その門から一歩でも出れば、木島屋に加担した悪党として処罰する。その責めはお家御取り潰しになるがそれでも宜しいか。」

思わぬ展開に藩士達の動きがピタッと止まってしまった。お家御取り潰しになれば最悪の事態で、自分達は食う当てのない浪人になってしまうのだ。そして知らぬ間に山岸同心を始めとした捕り方五十人ほどが大八車を囲んでいた。御前はこの事態の急変に仰天した。主君を将軍にする心算だったのが、今や何とお家御取り潰しの危機が迫っているのだ。

「皆の者、中に入れ! 当家は木島屋など知らぬ。我が藩とは一切関わり合いがない。門を閉めよ。」

「御前様、そんなバカな? 見捨てないで下さい! 御前様!」

「知らぬ! 木島屋とは関わり合いは無い!」

その声を最後に門の大扉は閉まった。木島屋は落胆の余りそこに座り込んでしまった。笹山右京は事の成り行きをじっと見ていた。ここまで悪事が把握されていれば、押し込みをやり人を殺めている自分は、刑場の露となって消える事は確実であった。夕菅を身請けして夫婦になる事も夢幻となり、兄源之丞の仇も取れずに死んでいくのだ。こんな事になるとは今朝までは想像だにしていなかったのだ。右京は運命の急変に耐えるのが精一杯だった。ただ一つ気になる事があった。奉行と御用札の侍の他に何もしない若い侍がいて、ずっと右京を見ているのだ。そしてその侍が右京の前に出てきた。

「お主は笹山源之丞殿の弟ではないですか。」

「いかにも。よく分かったな。と言うよりそこまで判っていたのか。儂は笹山右京と申す。そういうお主は誰だ?」

「峰山龍之進と申します。あなたの兄と尋常な立合いをしました。」

「そうか、お主が兄の仇なのか。兄は尋常な勝負をしたのだな。そしてお主に打たれたという事か。兄を破ったお主の剣は何という剣だ?」

「私の使った剣は地龍の剣と言います。源之丞殿は最後にやくざの親分を捨て、侍として私と勝負しました。」

「そうか。兄の剣を破ったのは地龍の剣と言うのか。それでは儂も侍としてお主に尋常の試合を所望する。」

こう言った瞬間、右京は何もかも捨てて剣の道を追求する武芸者になっていた。頭の中は龍之進と言う男を倒す事のみに集中し、今までの浮世の雑念はすっかり消えていた。山岸同心や周りの捕り方は少し身を引き、対決する二人を静かに見守った。

二人は互いに前に出て一間余の間合いで立ち止まった。二人はお互いを見ながらゆっくりと刀を抜いた。右京は大上段に構え、龍之進は地龍の剣の構えを取った。その構えを見た右京は、吸い込まれそうに静かな構えだが、打込むと恐ろしい物に喰いつかれる様な気がしてきた。一方、龍之進は右京が大上段に構えた事に違和感を感じていた。今まで右京に殺された人は首を水平に切られていたのだ。大上段からは首を水平に切る事は出来ない。まやかしだなと思った。右京得意の首切りの剣は大上段からの変化技で来るに違いないと判断した。それなればその変化を早く見極めて、柔軟に対処するしかないなと龍之進は思ったのだ。

右京の気が高まってきた。それが抑えきれなくなって、踏み込みながら太刀を真っ直ぐ龍之進に振り下ろす。が、その瞬間龍之進は見逃さなかった。右京の手首が捻られて刀の刃が水平向きに変化したのだ。右京の腕は垂直に振り下ろされていたが、その間に手首をまげて刀は水平に振りかぶった形になっていた。刀を振り下ろす腕が水平になった時、鋭い水平の斬撃が龍之進の首を襲った。切ったと右京は思った。が、龍之進の頭は消えていた。アッと思った時、龍之進の下からの突きが右京の心の臓に突き刺さっていた。

次回 地龍の剣60 に続く

前回 地龍の剣58

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。