地龍の剣33

   人攫いの巻3

さちは更に突っ込んできた。

「兄上、手紙だけではダメですよ。何か一緒に送った方が良いわ。そうだ、簪(かんざし)なんかは如何かしら。」

すると母ゆりが口を挟んだ。

「良い考えだ事。母もそう思いますよ。」

すると父が思いがけなく会話に入ってきた。

「儂もそれが良いかと思う。三両程渡すので今日買って送りなさい。それと男が一人で選ぶのは難しいと思う。さちも一緒についていきなさい。」

すると母が直ぐに言った。

「さちだけに任せるわけにはいきません。私も参ります。」

龍之進は話がだんだん大事になるのにまごついていた。しかしここまで来れば如何にもならない。でもよく考えてみれば、皆が自分やお葉の事を考えていてくれるのだ。ここは皆に任せようと覚悟を決めたのだった。妹のさちは更に別の事を考えていた。父上は兄龍之進のお葉さんに対する気持ちをいつ分かったのだろうという事だ。傍から見れば朴訥に見える父だった。が、息子の事をちゃんと見ていたのだなと安心したのだった。

巳の刻(午前十時)、龍之進は母と妹と共に町に出て簪屋に行った。母は誇らしげに、妹は無邪気に町を歩いて行った。簪屋では母とさちとで一悶着あった。こちらの簪が華やかとか、いやいやこちらの方が装飾が多いとかもめていた。しかし龍之進が思うに、どちらの簪もお葉には華やか過ぎた。龍之進の目から見ると、店の奥に忘れられたように置いてある一本の簪が光り輝いて見えた。傍目には煌びやかではないが、ユリの飾りが付いたスッキリとした姿でとても良い雰囲気だった。龍之進は二人にこの簪が良いと思うと言うと、二人は黙ってじっくりと見ていた。妹のさちが口を開いた。

「流石に兄上だわ。この簪は差した人を引き立てるわ。こちらの二つは簪だけが目立ってしまうわ。」

「確かにさちの言う通りね。私たちは簪本来の役目を忘れていたのね。」

と母も頷き、三人の一致をみた。龍之進は簪屋の親父にこれを所望すると伝えると

「お侍様、流石に目が高い。この簪は一番腕の良い職人が作ったものです。ただこの職人は偏屈で、気が向かないと仕事をしない男ですがね。お代は二両でお願いします。」

店先の大騒動も収まり、三人は飛脚屋に寄って手紙と簪を託したのであった。

昼近くに屋敷に帰ると、佐吉と弥助と共に浅草の水神組を偵察に行く準備をした。準備と言っても、お種婆さんにおにぎりを握ってもらい、日本橋水運の徳次郎から借り受けた舟を用意するだけだった。出かける前に龍之進は父に呼ばれた。

「龍之進、これからは大小を持っていきなさい。木刀は証人を必要とする時だけに使いなさい。悪を壊滅させるためには、切って捨てるしかないからな。悪人にとっては、家康様拝領の南紀重国で切られることが手向けになるのだ。」

父の厳しい言葉に龍之進は身の引き締まる思いであった。普段は温厚な父が悪に対するときは鬼の様になるのだ。仕事の厳しさというより、江戸を悪から守るという父の断固とした決意が、龍之進の心に響いてきたのであった。

   救出の巻1

堀江町堀を三人を乗せた猪木舟がゆっくりと日本橋川に向かって南下していく。漕ぎ手は弥助だ。徳次郎の特訓のおかげで、佐吉も弥助も並みには漕げるようになっていた。日本橋川に出ると左に折れ、浅草川(隅田川)に出ると又左に折れ、上流に向かって進んで行く。流れに逆らって漕いで行くので速度は少し落ちてきたが、乗っている人は快適である。神田川の合流点を過ぎ浅草の米蔵が見えてきた。舟入り堀が八つあり、米を担いだ人足達が忙しそうに働いていた。その内に浅草寺の伽藍が大きく見えてきたが、舟はもう少し先の山谷堀川の出口に停泊した。

舟を舫って三人は浅草川沿いの道を下って行った。目的地の水神組は雷門近くの川沿いの花川戸町にあった。間口は六間ほどの大きな構えで、水神組と書かれた大看板と大提灯がぶら下がっていた。裏の川沿いの道には小さな船小屋があり、荷物や舫い綱などが置かれていた。川には二~三隻の荷船が舫われていた。攫った女の子を隠す場所はなさそうだった。この付近は浅草寺にお参りに来た人が往来していて、攫ってきた女の子をここへ連れてくることは難しそうだった。龍之進は行き交う船をを見ていてアッと思った。

… そうだ舟だ。舟なら攫った女の子を人に見られず運べる。そういえば道灌山のすぐ北はこの川が流れている。攫った子を直ぐ舟に乗せてしまえば誰にも気付かれないのだ。…

そして考えは更に飛躍していった。

… 別に浅草に隠す必要はないのだ。舟で人気のない所に上陸して、人目の付きにくい小屋に隠してしまえば、誰にも分からないだろう。…

そう思うと龍之進は二人を川縁の人気のない場所に連れていき、その考えを話した。

「龍之進様、言われてみればその通りです。しかも水神組は自前の舟を持っている。しかし何処に子供を隠すかですが…」

佐吉の言葉を引き継いで弥助が答えた。

「対岸です。この川の向こうは田んぼや畑が殆どで、人家は疎らです。」

龍之進もその考えだった。すると佐吉が言った。

「この対岸は向日島です。下って行くと本所や深川ですが範囲が広くて絞れません。更に小名木川まで考えれば広過ぎてどうにもなりません。」

そこで龍之進はゆっくりと話しながら考えを纏めて行った。

「まず思うに川のこちら側、人の目が多い江戸の町や浅草には隠れ家はないだろうな。そして川向こうだが、河口の江戸から千住の大橋までは橋は一本も架かっていない。依って対岸に行くのは不便で人の行き来が少ない。隠す場所としては好都合だな。でも水神組としては浅草より遠い場所は不都合という事になる。するとやはり浅草の川向こうの向島辺りが怪しいかな。そうは言ってもかなり広い場所ではあるがな。」

と言葉を切った龍之進は二人と共に舟に戻って行った。

次回 地龍の剣34 に続く

前回 地龍の剣32

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。