地龍の剣47

   押し込み強盗の巻3

中は広い土間があり、十数人の男が働いていた。炉があり、その上には金を融かす坩堝(るつぼ)がはめ込まれていた。その中に盗んできた小判と、増量のための銀を入れて溶かすのだ。炉の中では炭が真っ赤に熾っていた。そして男が鞴(ふいご)で吹くと、真っ赤な炎が炉の入口から噴き出していた。解けた金を棒状の鋳型に流し込み棹金(さおきん)を作る人。棹金を叩いて平たくして延金(のべきん)を作る人。その延金を小判の重さに切り分け、叩いて小判の形に整える人。また鏨(たがね)で小判にゴザ目や極印を打つ人。最後の仕上げの色揚げ(小判の表面から合金成分の銀を溶かし去り、表面を金のみの黄金色に仕上げる事)をする人など様々な仕事をしていた。

大黒屋はゆっくりと回りながら、丁寧に仕事を眺めていた。奥で帳簿を付けていた男が、大黒屋の所に寄ってきた。大黒屋はその顔を見ると言った。

「利平、仕事は捗っているか。」

「はい、大黒屋様。この通り見本も出来ました。お調べください。」

利平と言う男が、懐から紙に包まれた小判を二枚取り出した。大黒屋はそれを受け取ると、矯めつ眇めつ眺めていた。その後に自分の懐から一枚の小判を取り出すと、じっくりと見比べていた。

「利平、本物と寸部違わぬ出来映えじゃな。差銀(金に加える銀の事)は上手くいったという事だな。これで金の純度はどの位落ちているのかな。」

「そうですね、純度は八割五分から七割に下げました。これによって千枚の小判から凡そ千二百枚の小判が生まれます。美味しい仕事です。ただ色揚げには少々難儀しましたが。」

「そうだったか。でも良くやったな。それであの千枚が終わるのはいつ頃になるかな。」

「多分、十日もあれば出来ると思います。」

「そうか、それでは早速次の小判を手に入れなければならないな。笹山右京に急がせるとするか。」

そう言うと奥の部屋に行って、利平の女房からお茶を貰って飲んでいる大黒屋だった。利平は金座で長年働いていた腕の良い職人だったが、老いた両親の世話と自分の病気で、金座を辞めざるを得なかったのだった。しかし両親が無くなり、蓄えた金も乏しくなっていた。そんな時に大黒屋から働かないかと言う声が掛かったのだ。偽小判を作るという話を聞いて最初は驚いたが、女房の為にも日々暮す金が欲しかった。また自分の腕がどの位あるか試してみよう、という気持ちが涌いてきたのであった。その二つの動機で危ない仕事だが引き受けたのであった。そして利平の女房も女一人で、此処にいる男たちの食事の面倒を見ていた。男たちは奥の板の間で寝泊まりして外との接触を絶ち、秘密が漏れないようにしていたのだった。

さてその十日ばかり後の二月に入って直ぐ、また押し込み強盗が大店に押し入ったのだ。楓川沿いの舟入り堀の材木町二丁目にある材木商辰巳屋だった。その知らせは明け方に目明し吉蔵の所に入った。吉蔵は直ぐ手下に二月の月番の南町奉行所に知らせに行かせ、自分は現場に急行した。店の者全員が以前と同じように殺されていた。そして店の主は金蔵の中で首を切り落とされていたのだ。帳簿を調べた結果、盗まれた金額は二千四百両と推測された。吉蔵は前回の時と同じように引っかかるものを感じた。そして今回は直ぐにピンときたのだ。

「山岸様、以前中橋で番頭が辻斬りに殺されましたね。下手人はその辻斬りの男ですよ。前回の桔梗屋の主も含めて三人が、同じように首を刎ねられています。同じ下手人と見て間違いありません。」

「そうか。そうだとすると辻斬りは最初一人であったが、その後は仲間を集めて大店を襲ったという事だな。でも如何してこんなに早く押し込みの組織が出来たのだろう?」

同心の山岸は考え込んだ。が、辻斬りが大黒屋と手を結んだなんて分かるはずがない事であった。その時、吉蔵の手下の仁吉が、庭にある物置小屋で音がすると言ってきたのだ。山岸と吉蔵は直ぐ物置小屋に駆け付けた。吉蔵が扉を開けると、中に一人の老人が震えて座っていた。どうも一人は生き残っていたようだと、吉蔵は安堵した。山岸はこれで何か押し込みについて手掛かりがあるかもしれないと思い、吉蔵に老人から話を聞き出すよう指示した。

吉蔵は爺さんを安心させると、話を聞き出し始めた。切れ切れの爺さんの話を纏めると次のようであった。爺さんは風呂焚きや薪割、土間や庭掃除などをするのが仕事で、寝るのはこの小屋だったという事だった。そして丑の刻頃、外の庭で物音がするので目が覚めると、何人か庭にいる気配があった。すると直ぐ屋敷から短い悲鳴が幾つも聞こえ、押し込み強盗だと分かった。見つかれば自分も殺されてしまうので、恐ろしくてこの小屋の中でジッとしていた。しばらくして大勢の男たちが庭に集まった気配がした。

「笹山さん、金蔵から全て運び出しました。」

「よし、直ぐ舟に乗せて例の所に運べ。」

この会話があった後、屋敷は静かになった。けれど爺さんは屋敷を見に行くことが恐ろしく、小屋の中でジッとしていたという話だった。

山岸も吉蔵も喜んだ。今まで全く手掛かりがなかったのが、首領らしき男は笹山と呼ばれている事と、盗んだ金を舟を使って運んでいる事が分かったのだ。それは強盗一味の隠れ家は、水運の便利な川や堀の近くにある事を暗に示していた。

次回 地龍の剣48 に続く

前回 地龍の剣46

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。