地龍の剣58

   大陰謀の巻5

数日後の事だ。江戸の南西に流れる多摩川と、その支流谷沢川の合流点近くにある等々力溪谷の崖上に、一軒の粗末な家があった。江戸から三里程離れた等々力村の人々は、この家には無関心で誰一人近づこうとはしなかった。ひっそりとした家の中では、風魔小太郎の孫のお風を中心に打合せが行われていた。他にはお風の育て親の百蔵と妻のお島、そして長男の万助と次男の千助であった。百蔵とお島は小太郎の縁戚であり手下であった。小太郎は江戸の隠れ家の奥座敷に秘密の抜け穴を作り、その奥座敷で初孫のお風の世話を、百蔵とお島に任せていたのだった。

初期の江戸はまだ混沌として色々な事があり、風魔一族は闇の仕事を引き受け忙しかったのであった。そんなある日、風魔の暗躍を恐れた家康は風魔の隠れ家に大勢の捕方を送り、夜の寝込みを襲わせたのだ。手下の誰かが金欲しさに隠れ家の情報を家康に売ったのだった。思わぬ襲撃に飛び起きた小太郎は百蔵とお島に、お風を連れて抜け穴から逃げるように指示し、逃げたのを見計らってカラクリ仕掛けで抜け穴を埋めて分からなくしたのであった。小太郎やお風の父母ほか風魔全員が奮闘して戦ったが、多勢に無勢で全員戦死したのであった。家康の手を辛うじて逃れた百蔵とお島は、お風を抱いて緊急用に用意してあった等々力溪谷の隠れ家に潜んだのであった。

しばらくしてお島は百蔵の子を二人産んでいた。それが万助と千助だった。百蔵は小太郎の孫のお風と自分の息子二人に、忍術や剣、手裏剣などの修練をさせていたのであった。人が訪れる事が少ない溪谷は、その修練を可能にしていた。しかしたまに人が訪れる事もあり、その時は隠れるための忍術の修練になったのだった。一方百蔵は暮す金の調達と幕府への復讐の機会を狙っていた。目を付けたのが家光に反発する駿河大納言であった。そこで大納言の家老に上手く取り入って、偽小判作りや大火事による材木相場の高騰を仕掛け、そのお零れに与っていた。今のところは計画通りに上手くいっているのだ。五人の打合せは最後の計画の家光暗殺であった。

「万助、正体はばれていないな。もう少し我慢せい。」

「はい、親父様。まだ誰も気付いておりません。」

「お風様、毒薬を椀に滴下させる命中率は如何でしょうか。」

「百蔵、いつも膳を置くところは同じですよ。何度か忍んで、誰もいない時に練習をしています。外すものですか。」

「それは安心致しました。もし何か邪魔が入り毒薬の仕込みに失敗した時は、儂と万助が家光を仕留めます。千助は総ての状況を見てお風様を助けるように動け。お風様を逃がすためには死をも覚悟せよ。」

   一万両輸送の巻1

更に十日ばかり過ぎた日、朝早く木島屋の材木置き場で密かに仕事が始められていた。例の押し込み強盗の一味が二台の大八車に荷を積んでいた。千両箱を五箱ずつ積んで、その上に材木を積んで千両箱を隠していたのだ。交代で昼夜見張っていた鬼の勇五郎は、一万両の輸送準備だと気付いた。急いで手下を峰山屋敷と南町奉行所へ知らせに走らせた。

木島屋は朝餉を食べながらご機嫌だった。約束の一万両を御前様に渡す日がやっと来たのだ。もう少しで江戸の材木の流通を支配出来るようになるのだ。木島屋が食べ終わって外に出ると、人足達が大八車の周りに集まっていた。大八車一台につき六人の人足を付け、大八車に積まれた材木の上に駿河大納言様御用達の木札が立てられた。辰の刻(朝八時)にこの隊列は動き始めた。先頭は木島屋で横には笹山右京がいた。その後ろは用心棒の浪人二人、そして二台の大八車が続いた。隊列は神田川の和泉橋を渡り、日本橋へと向かって行く。途中で行き交う人々は材木を運ぶにしては大げさだなと思ったが、大納言様御用達の木札を見て何となく納得したのだった。

日本橋に差し掛かった。太鼓橋なので橋の上は意外と急な坂になるのだ。人足達は全力を出して橋の中央まで登り切った。そこからは江戸城の眺めが良かった。木島屋は天守閣を眺めながら、何故か江戸城が身近になったように感じていた。一方、右京は江戸城と反対方向にある吉原の方を見ていた。今日のこの仕事が終わったら、大黒屋から二百両の金を貰う事を約束してあった。それを持って増田屋の夕菅を身請けに行くのだ。やっと一緒になれると心は浮き浮きしていた。そのため大八車の少し後を、編笠を被った三人の侍が付けて来る事に気付いていなかったのだ。

桜田門近くの大納言の上屋敷に大八車の一行は到着した。門の前で止まった行列の先頭の木島屋は、門番に開門を願い出た。中の屋敷の玄関では御前様と呼ばれていた家老が、木島屋の到着を今か今かと待っていた。開門の声と共に門が大きく開かれ、御前は門に走り出た。

「木島屋、待ちかねたぞ。」

「御前様、御用の品お持ちしました。」

「早速中へ運び込め。」

「承知致しました。」

と言った時、大八車の後ろから三人の編笠の侍が前に走り出てきた。門と木島屋一行の間に割って入った三人は編笠を取り、清之進が木島屋に向かって叫んだ。

「待て、待てい! その大八車、中に入る事断じてならぬぞ!」

木島屋は突然の想像だにしない場面展開に面喰ったが、何気ない顔で言った。

「お侍様はどなた様ですかな? この材木はこの木札に書かれている様に大納言様の御用達です。邪魔をされると大変な事になりますよ。」

次回 地龍の剣59 に続く

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。