地龍の剣53

   偽小判探索の巻2

その日の夜までに情報が二つも入ってきた。一つは浅草橋近くの横山町の煮売り宿奈須屋からだ。親父の木兵衛によると、数日前に客が八人ほど来て飲み食いし、小判で支払いをしたという事だった。もう一つは女髪結のお蘭が知らせに来た。髪結長次のお客に大黒屋があったのだ。一年前までは長次の女房が大黒屋に出入りしていたが、お蘭が来てからはお蘭が大黒屋の担当になっていた。そして二十日程前に大黒屋のお内儀の髪結に行った時の話だった。お内儀は話好きでどうやら嫉妬深い性格のようだったのだ。

「この頃、家の旦那は夕方出かけて夜遅く帰って来ることがあるのですよ。私心配になってね、後を付けたのですよ。」

「あら、そんな事をして大丈夫なのですか。」

「構う事あるものですか。もし浮気していたらとっちめてやろうと思ってね。そしたら日本橋北の料理屋藤野屋に入っていくではありませんか。増々怪しいと睨んで、女将のお藤さんを呼び出して訊いたのよ。そしたら逢引じゃなかったのよ。材木問屋の木島屋さんと偉いお侍さんと三人で打合せの様で、ホッとしたのよ。」

お蘭からこの話を聞いた龍之進は、自分の推測が当たった事に良かった様な悪かった様な複雑な気持ちだった。普通なら如何ということも無い世間話なのだが、この話は正に今回の一連の事件の核心を曝け出していたのだ。やはり大黒屋と木島屋は関係があり、それを束ねているのは大名か幕府の人間なのだ。こちらの対応が拙いと、幕府を揺るがす大事件になってしまう恐れがあるのだ。直ぐ父清之進に報告し、明日の朝二人で奉行所に行くことになった。

次の朝南町奉行所に着いた二人は、奉行の居間に直ぐに通された。そこには定廻同心の山岸も姿を見せていた。龍之進は早速それまでの探索の結果を詳しく話した。奉行の島田利正は上を向いて目を閉じて話を聞いていた。が、藤野屋で大黒屋と木島屋に侍が会っていたという件では、目を開けて厳しい顔で龍之進の話を聞いていた。奉行が呟いた。

「やはり大名か幕府の人間が関わっていたか。面倒な事になった。徳川幕府を揺るがすような大事件になる前に揉み潰さねばなるまいな。」

「お奉行、それには偽金作りは大黒屋がやったという証拠や、火付けは木島屋がやったという証拠を掴まねばなりません。間接的な状況証拠は有りますが、それでは逃げられる恐れが有ります。」

「多分そうだろうな。でもその証拠を掴んでくるのが山岸の役目ではないか。少々手荒な事をして証拠を掴むことも已むを得んな。峰山殿、龍之進殿、そこの所を宜しく頼む。山岸一人では荷が重過ぎるでな。ところで明日からは月替わりで北町奉行所が担当になるが、この一連の事件については南町で続けて行う様話をして来るでな。」

この日は二月の月末で奉行は仕事が忙しく、打合せはこれで終わりとなった。そこで帰り際に清之進は山岸同心に

「山岸殿、今後の手立てについて今晩横山町の奈須屋で打合せしましょう。」

と誘ったのだった。山岸は酒好きで奈須屋の酒が上手いと知っていた。異存あるはずもなく山岸は頷いていた。奉行所からの帰りに、龍之進は奈須屋に行って客が払った小判を借り、小判師の藤次に鑑定してもらっていた。その結果はやはり偽小判だった。いよいよ江戸の町に偽小判が出回り始めたのだった。

日が暮れた頃、奈須屋に三人が集まった。親父の木兵衛は気を利かして、話が漏れないように奥の部屋を用意してくれていた。そして取って置きの酒を出してくれたのだ。親父自慢のその酒は館林から仕入れた龍神の酒である。清之進と山岸同心はたまに来てこの酒を飲んでおり、美味い酒だと知っていた。龍之進は初めてで一口飲んだ時驚いた。キリッとした酒精の中に旨みがあるのだ。さすがに龍神様の井戸水から出来た酒だなと龍之進は納得していた。小金原の一刀斎先生の所で飲んだ須藤源右衛門さんの作った酒も、美味かったなあと思い出していた。どちらも優劣つけ難い美味い酒だなと思いながら、知らぬ間に二杯目に口を付けていたのであった。

「さて、酔いが回っては打合せにならぬ。ここらで手立てを考えるとするか。」

清之進の言葉に山岸も龍之進も杯を置いた。

「この一連の事件で、悪党一味と関係する場所が何箇所かある。吉原の増田屋、大黒屋、木島屋の材木置き場……そして小判が使われたこの奈須屋、それに首領が集まる藤野屋と。」

清之進は二人を順に見てまた話を続けた。

「その中で大黒屋や木島屋に手を入れると、黒幕が感ずいて逃げてしまうでな。吉原の増田屋や和泉橋横の材木置き場も笹山を待ち伏せできるが、これも大黒屋や木島屋に知れてしまう。」

「すると残りはこの奈須屋と藤野屋か。先ずこの奈須屋の線をどう手繰るか考えよう。」

「山岸様、それにはここの親父さんが偽小判を使った一味の顔を覚えているかどうかです。ちょっと親父さんを呼んできましょう。」

龍之進はそう言って調理場に行き、親父を連れて来た。山岸は早速親父に尋ねた。

「木兵衛、少し前に偽小判を使った一味がいたそうだが、その顔は覚えているか?」

「山岸様、その時は七~八人で来たで全部の顔は覚えちゃいねえが、二~三人はなんとなく覚えているだよ。」

「それなら次に来た時も分かるな。木兵衛、その時は気付かれんように勇五郎に連絡してくれ。勇五郎に後を付けさせるでな。木兵衛は何を話しているか聞き耳を立てていてくれ。まあそれで動きが分かればいいのだがな。」

ここまで言うと山岸は喉を湿そうと酒をグイッと飲んだ。今度は清之進が言った。

「木兵衛、その時は頼むな。」

「ヘー、何とかやってみます。」

そう言って親父は調理場に戻って行った。

次回 地龍の剣54 に続く

前回 地龍の剣52

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。