地龍の剣45

   辻斬りの巻3

龍之進はゆっくりと道場の中央に出て、竹刀を横に下げた。相対した内川は先程とは違う景色に戸惑った。龍之進の姿に闘争心など無く、無防備な姿なのだ。その為、内川は龍之進の次の動きが全く読めない。そして自分だけが竹刀を振り上げて、気色ばんでいる事が滑稽に思えてきたのだ。先の試合とは違って自分が反対の立場になっていたのだ。内川は訳の分からぬ不安をかき消そうと、大上段からの渾身の一撃を見舞った。と思った時には胴に鋭い一撃を受けて、横に吹っ飛ばされていた。内川は痛みを堪えながら起き上がり、

「ま、参りました。又出直してきます。」

と言って、這這の体で道場を去って行ったのだった。

「真剣ならあの御仁の胴は真っ二つにされていたな。龍之進殿は、竹刀でも真剣と思って振っているから凄味があるのじゃ。お前たちも少しは見習って、一振り一振りに全霊を傾けるようにする事じゃな。」

一刀斎の言葉に三人とも頷いたが、竹刀剣法に染まった身に違う道を歩ませる事は難しかった。

さて江戸では、大黒屋金兵衛は御前様との打ち合わせの後、八日程夜の江戸を散歩していた。例の辻斬りにはまだ出会っていなかった。そして辻斬りと会えるかどうか少し懐疑的になってきたところだった。この日の夜は、江戸橋から南に延びる楓川の端を、提灯を持ってゆっくりと歩いていた。楓川西岸は入船の堀が連なっていた。そして所々に荷や材木が置かれていた。その一角に笹山右京は潜んでいた。

一回目の辻斬りで八両が手に入り、右京は少し気が大きくなり、二度ほど吉原に遊びに行ったのだった。気前よく使ったら八両はあっという間に無くなっていた。それでも右京は慌てることは無かった。また辻斬りをすれば金は手に入ると、ゆったりと構えていた。しかし宿の親父に宿代と飲み食いの代金を請求され、重い腰を上げねばならなかったのだ。

向こうから提灯を持った大店の主らしき男が、ゆっくりとこちらに歩いてくる。右京はしめたと思い、そっと材木の陰に隠れた。これで明日にでも吉原に繰り込めると思わず顔が緩んでいた。一方大黒屋は、このまま行くと八丁堀に突き当たるが今日はそこで終わりにしよう、と考えていた。

三日月が川面に浮かぶ静かな夜であった。突然大黒屋の前に頭巾を被り刀を持った男が現れた。大黒屋が待ちに待った辻斬りだ。右京が刀を振り上げ切ろうとした刹那、

「待て! 慌てるでない! 儂の懐に五両ある。それっぽっちで満足かな。儂と一緒に来れば五十両差し上げる。そして仕事を手伝ってくれれば、更に百両進呈しよう。儂を切って五両手に入れるか、それとも儂の仕事を手伝って百五十両手に入れるか、どちらにしますかな。」

低い声だがゆっくりと自信ありげに話す大黒屋に、右京は気を飲まれていた。切ろうとした刹那に思い掛けない言葉の反撃を受け、右京は気勢を削がれたのであった。

「その話は本当か? 出鱈目ではないな?」

「実は、儂はあんたが現れるのを待っていたのだ。かなり腕が立つという事なので、仕事を手伝ってもらいたいのだ。一緒に儂についてきて、嘘なら儂を切って五両取ればよいだけではないか。考える事はない。儂について来なさい。」

そう言うと大黒屋はスタスタ歩き出した。右京は一瞬戸惑ったが、その後を慌てて追いかけて行った。

   押し込み強盗の巻1

一方、目明しの仏の吉蔵は二度目の辻斬りが出ない事に違和感を感じていた。今までの経験からすると、辻斬りは味を占めて何度も犯行を繰り返すのだ。そしてそのうちにボロが出て、下手人は捕まるのが落ちだった。吉蔵は首を傾げていたが、辻斬りが出ない事は良い事だと自分を納得させていた。

ところがある日とんでもない事件が発生したのだ。日本橋と京橋の中間に、外堀と楓川を結ぶ紅葉川がある。その紅葉川に架かる中橋近くの薬種問屋の桔梗屋が夜中に襲われたのだ。主人夫婦それに店の者七人、合計九人が切り殺されていた。蔵が開けられていて、千両はあると言われていた小判は跡形もなかった。朝早く現場には仏の吉蔵と、常盤橋にある北町奉行所の定廻同心の佐々兵衛が来ていた。先月の十二月は南町奉行所が、この一月には北町奉行所が月番で市中の取締りに当たっていた。

桔梗屋の屋敷内は凄惨を極めていた。番頭一人と手代三人は一部屋に集められて、切り殺されたり突き殺されていた。お内儀と女中三人は別の部屋に集められ、犯された後に喉や胸を突かれて絶命していた。主は蔵の入口で倒れていた。死因は一目瞭然であった。首が胴から離れていたのだった。これを見た吉蔵は何か引っかかるものを感じたが、同心佐々の蔵の内部調査の手伝いで忙しく、いつの間にか忘れてしまったのであった。

江戸でそんな事件が起こっているとは知らず、龍之進は一刀斎に助言を受けながら汗をかいていた。一刀斎は龍之進の相手の剣捌きに応じて動く剣は、異を唱えず褒めていた。しかし今後の事を考えると、今の素早い動きや剣捌きがいつまでも続かないと考えていた。

「龍之進殿、相手に応じて動く今の剣はそれでよいが、これからはこちらから仕掛ける剣をものにする事だ。相手によって後の先なのか、先の先なのか瞬時に判断してその仕掛けの動きを考えていく事だな。」

「確かにそう思います。こちらからいろいろな仕掛けが出来れば、相手の動きを読むことも楽になります。今までの相手に合わせるでなく、相手を動かす方が対応は楽になりますね。」

「そういうことじゃ。どれ、少しやってみようかのう。」

一刀斎は竹刀を持って、道場の真中で龍之進と向き合うのであった。

次回 地龍の剣46 に続く

前回 地龍の剣44

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。