地龍の剣19

   秘剣胎動の巻4

名主の清兵衛は籠に入ったたくさんのマツタケを見て、

「龍之進様、よくたくさん取れましたね。」

と驚いたが、お葉が、

「お父様、半分は私も取ったのですよ。」

と自慢げに言ったのだった。お昼の時間は過ぎていたが、囲炉裏でマツタケを焼き始めると、お菜実が赤ん坊を抱いて出てきて言った。

「いい匂いだ事。家中にマツタケの匂いが漂っていますよ。あら、美味しそうなマツタケですね。龍之進様も取ったのですね。」

「はい。お葉さんと音吉さんに教わったので、取る事が出来ました。ところで良太郎さんは元気ですか。」

と龍之進はこの春に生まれた赤ん坊を覗きながら言った。

「よく泣くけれど、おっぱいをたくさん飲むし、寝付きも良いので助かっています。」

と幸せそうにお菜実は言った。それからは焼きマツタケをおかずにして、昼餉を皆でワイワイ言いながら食べたのであった。

   地龍の剣 完成の巻

マツタケ取りの日から数日後、音吉が小屋に登ってきた。名主の屋敷に一刀斎様が見えられ、竹刀だけを持って来てくれとの言付けであった。龍之進はこの日を密かに待っていた。しかし実際にこの日が来ると、身が引き締まる思いと不安でいっぱいであった。早速支度をして、竹刀を持って山を駆け下りていった。一年前と同じように、一刀斎は囲炉裏端で清兵衛とお茶を飲んでいた。龍之進は

「一刀斎様、お久し振りでございます。」

と言って、囲炉裏端で挨拶をした。

「ウム、龍之進殿、久し振りじゃのう。元気そうだな。ところで剣の工夫は出来たかな?」

と一刀斎はズバリと本題に切り込んできた。

「はい。早速立合いをして頂ければと思います。」

「龍之進殿、自信がありそうじゃな。それではこれから立合うてみるか。」

こういう会話をした後、三人は庭に出た。すでに音吉やその他の使用人が、立合いがあると察して庭の隅に集まっていた。

二人はおよそ一間余の距離を置いて竹刀を構えた。一刀斎は今回は竹刀を持って来ていた。今度の立合いは、木刀で行うと危ないと感じていたからだ。一刀斎はスッと突きの構えをとった。それに対して龍之進は右足を軽く前に出し、右片手で竹刀を前方横に下げて構えた。一刀斎は前回立合った龍之進とは全く違う雰囲気を感じていた。迂闊に踏み込めないのだ。龍之進の竹刀が、地面を這って襲ってくるような感覚を覚えたのである。

龍之進は無の境地で、一刀斎の竹刀の動きを感じ取っていた。傍から見れば、二人は何事もないかのように静かに対峙していた。しかしお互いに機が熟すのを感じていた。数瞬後、二人の気が同時にほとばしった。一刀斎は踏み込むと同時に突きの竹刀を鋭く繰り出す。龍之進は、一刀斎の踏み込みより速く右前足に体重を移し、体を沈める。と同時に体全体が回転しながら右片手の竹刀が鋭い速さで上昇し、一刀斎の脇腹を襲った。一刀斎の竹刀は、横を向いた龍之進の前の空を突いていた。一瞬の動きを終えた二人は、その形のまま止まっていた。フーッと息を吐いた一刀斎が、

「龍之進殿、よくぞここまで修行した! 儂の突きを躱すとはたいしたものじゃ。いかん、喉が渇いた。囲炉裏端で茶を飲みながら話でもしようかのう。」

と言いながら、スタスタと家の中に入っていった。慌てて清兵衛と龍之進は後に続いた。三人は囲炉裏端に座って、一杯のお茶を無言ですすった。龍之進は喜びというより、修行が正しかったという安堵の方が大きかった。一刀斎は飲み終わった茶碗を弄くり回していたが、龍之進を見て言った。

「何とも恐ろしい剣を編み出したものじゃ。どんな経緯であの剣を思いついたのかな? 良かったら話してくれんかのう。」

その問いに、龍之進は正月に見た夢の話をしたのであった。

「成程、地から噴き出る龍の炎か。それにしても下から走る剣の速さはたいしたものだ。かなりの修行をしたな。そうだ、この剣に名前を付けよう。」

一刀斎はしばらく考えていたが、

「地龍の剣というのは如何じゃな。」

龍之進は即座に答えた。

「一刀斎様、その名前気に入りました。その名前頂きます。」

秘剣「地龍の剣」が完成した瞬間であった。

その夜は、一刀斎も龍之進も屋敷に泊まっていく事になった。音吉は二人の立合いの後、マツタケをたくさん取ってきていた。囲炉裏でマツタケを焼き、酒の肴にした。台所ではお菜実とお葉がマツタケの炊き込みご飯を作っていた。一刀斎は焼きマツタケは初めてであった。

「こんなに美味しいものは初めてだ。清兵衛殿や龍之進殿と知り合いにならなかったら、焼きマツタケの味を知らずにあの世に行くところだった。感謝、感謝。」

と一刀斎は言いながら、酒をチビチビ飲んでいるのだった。龍之進も一刀斎のお付合いで、少しだけ酒を飲んでいた。この酒は米所の甲州で作られたもので、大菩薩峠を通って運ばれてきたものだった。それを酒好きの清兵衛が樽で買っておいたのだ。この夜は遅くまで囲炉裏の火が赤々と揺らめいていた。一刀斎は何故か昔の話、色々な武芸者と立合った話をした。龍之進は身じろぎもせず聞いていた。一刀斎が話すと、武芸者の太刀筋が鮮明に浮き上がって来るのだった。武芸者と立合った事のない龍之進にとっては貴重な話だった。話される一つ一つの太刀筋の動きが、龍之進の記憶の中に沈潜していったのだった。

次の朝、一刀斎は飲み過ぎたかなと呟きながら、青梅街道を江戸に向かってゆらり、ゆらりと下って行った。一刀斎は帰り際に、下総国小金原に住んでいるからいつでも来なさい、と龍之進に告げていた。昨夜の一刀斎の話は、龍之進の太刀筋の多彩さを広げてやるために、親心のような気持で話したのであった。話の中には、二年前に亡くなった弟子で将軍指南役だった小野忠明にも、話をした事のない立会いの話も含まれていたのであった。もちろん龍之進にはそこまで気付く事は無理であった。

次回 地龍の剣20 に続く

前回 地龍の剣18

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。