お蘭との再会の巻2
「お侍さん、先程は見事な腕前、感服いたしました。手前は水運を生業にしている日本橋水運の徳次郎と申します。ところで先程のやくざは、浅草に居を構える水神組の組衆ですよ。親分は源之丞という腕の立つ元侍です。他にも腕利きの用心棒が何人もいます。必ず仕返しに来ますので、お気を付けください。」
「徳次郎さんですか。私は峰山龍之進です。ご忠告大変ありがたく思います。気を付けて行動します。」
「龍之進様、相手も水神組という名に恥じず、怪しげな水運の仕事もしています。その為同業のこちらにも色々な情報も入って来ます。もし龍之進様にとって危ない話があればお伝え出来ます。そこで宜しければ龍之進様のお住まいを教えて頂ければと思いますが?」
「いいですよ。この先の堀江町堀の薪町です。もし情報が入ったなら、ご足労をお掛けしますが連絡を宜しくお願い致します。」
「任せて下さい。それでは失礼いたします。」
徳次郎は伊勢町堀の船に戻っていった。振り返ると龍之進に懲らしめられた三人は、水神組の他の二人に助けられて歩き始めたところだった。龍之進は先程の徳次郎の助けが要るかもしれないなと思ったのだった。
それから数日が過ぎ、龍之進はお蘭が働いているという按針町の髪結床に出掛けた。髪結床長次と書かれた看板を見てそこに入っていった。丁度お客はいないようだ。
「龍之進様、来てくれたのですね。」
「お蘭さん、髪結を宜しくお願いします。」
すると奥から三十歳前後の背の高い男が出てきた。お蘭が言った。
「長次親方、この方が私を助けてくれた龍之進様です。」
「長次と言います。先日はお蘭をお助け頂き有難うございました。あの場所の出床は水夫や船頭のお客がほとんどなんですが、あの日は三人組の客が水神組で運が悪かった。龍之進様のお助けがなければ如何なっていたか分かりません。下手をすれば女郎屋に売り飛ばされたかもしれません。本当に有難うございました。」
「長次さん、たまたま通りかかっただけです。難儀している娘さんを見たら、助けるのは当たり前の事です。それより髪結をお願い致します。」
「承知しました。お蘭、お前が助けてもらったんだから、お前が龍之進様の髪結をやりなさい。」
と言う長次の言葉を合図に髪結が始まった。その間長次は龍之進に、お蘭や自分の話をしたのだった。
「お蘭が儂の店に来たのは去年の春頃だったかね。同じ町内だからお蘭が何をやっていたかは薄々知っていたんだが、急に堅気になりたい、髪結に雇ってくれと言われたんで。儂も困ったが女房のお静が、女髪結が忙しい時があるから雇ったらと言ったんでさ。儂も考えたら男の髪結も忙しい時があるんで、両方出来るようにすればいいんでないかとね。それでお蘭を雇ったんだが、これが意外と器用でね。今では儂がいない時も仕事を任せられるようになったんで。儂も江戸の髪結仲間の世話役をやっているので、用事で留守にする時もあり助かっていますよ。」
「成程、お蘭さんの事がよく分かりました。ところで長次さんの世話役というのは、どんなお仕事なのでしょう。」
「特別な事ではないんですが、髪結の仕方を統一したり、料金を同じにしたりという事ですよ。店が違ったら髪結の仕上がりや、料金が違ったりでは不信感が涌きますからね。特別な事では、お奉行所のお達しを同業者に伝える事です。そして、そうはないんですが、お奉行所からの人相書きを廻して見せた事もありましたな。」
「ホー、奉行所とも繋がりはあるのですね。」
と返事をした龍之進は心の中で頷いていた。
「この二人が町耳目になってくれれば心強いのだがな。長次はもちろんだが、お蘭は女髪結で大店にも出入りできる。それを逃す手はないな。」
と考えていた時、別のお客が入ってきた。長次はそのお客の髪結を始め、龍之進との話は途切れてしまった。が、龍之進としては充分な内容の話であった。
その夜、父清之進、源助爺、佐吉、弥助そして龍之進が仏間に集まった。龍之進が町耳目の候補を三人挙げたのだ。それを検討する会議であった。その三人は髪結の長次、女髪結のお蘭そして日本橋水運の徳次郎だ。その三人の出会いや様子を皆に説明した。特にお蘭については昨年のスリ事件から話をしたのだ。清之進は黙って聞いていた。佐吉は日本橋水運を知っていた。水運の中堅どこで、仕事はキッチリすると評判の様であった。それはそのまま主の徳次郎の評で良いだろうと皆は考えた。最後に清之進が言った。
「大体事情は分かった。長次とお蘭については、他の皆も素知らぬ顔で髪結床に行ってやってもらいなさい。何気ない話の中でその人柄が掴めよう。儂も行ってくるつもりだ。なお町耳目になった場合の報酬は、長次五両、お蘭三両とする。徳次郎については佐吉と弥助がそれぞれに調べるように。よいな。」
次の朝から皆が動いた。町耳目候補の三人の評判や過去が調べられていった。
十日後の夜、仏間で再度全員集まった。そこで長次、お蘭そして徳次郎の調査結果が出された。討議すること半刻、三人を町耳目にするという決定が下された。しかし本人たちは知らない事である。清之進は言った。
「二~三日後の夜、まず長次とお蘭をこの屋敷に呼ぶことにする。その話を龍之進が本人たちに伝えなさい。また、我々の仲間になるのだ。夕餉を共にして話を進める。酒も出すようにしなさい。その手配は源助がやってくれ。」
次回 地龍の剣30 に続く
前回 地龍の剣28
コメントを残す