地龍の剣46

   押し込み強盗の巻2

そんな日々が何日か続いたある日の午後、玄関に武者修行の僧が現れた。長さ一間ほどのたんぽ槍を持っていた。たんぽ槍とは稽古用の槍で、先には槍の刃を付けず、柄の先を綿で包んで布を被せて丸くしたものである。この槍で試合を申し込んできたのだ。一刀斎はその僧の挙動を見て、三人の弟子では対応が無理だと即座に悟った。一刀斎は龍之進を見た。頷いた龍之進が

「一刀斎先生、私が相手をします。」

と言って、木刀で僧と相対したのだ。僧の名前は願念といって、諸国を渡り歩き、各地で道場破りをやっていた。また剣豪と言われる侍と立合って、すべて勝を収めていた。一刀斎はその噂を聞いていて、いずれ此処にも来るだろうと予測していたのだった。そして一刀斎はこの僧の出現を喜んでいた。龍之進にとって、又とない得難い試合になると思ったのだ。剣術の上級者でも、槍術の中級者に勝つ事は難しいのだ。増してや相手は槍術の上級者なのだ。龍之進の剣術の全てが試されるのだ。

一方願念は、一刀斎を負かす事を楽しみにしていた。そしてそれを目標にして修行に励んできたのだった。この高名な剣術家を倒せば、願念の名が日本中に響き渡るのだ。しかし若い侍が最初に試合をするというので、出鼻を挫かれてしまったのだ。が、早々にこの侍を一蹴して、一刀斎と試合をしようと気を取り直したのであった。

願念と龍之進は道場の中央で向き合って礼をした。願念のたんぽ槍の全長は六尺、龍之進の木刀の全長は柄を含めて三尺四寸で、圧倒的に槍が有利である。龍之進はこの不利、長さの違いを埋めるのは、足の素早い踏み込みしかないと考えていた。願念は威嚇の突きを二度出してきた。それは龍之進の手前一尺まで伸びてきていた。龍之進はその槍を繰り出す拍子と速さを計っていた。願念は勝って当たり前の様に思っていた。相手は若造で、片手で木刀を下げて、為す術もなく突っ立っているように見えたのだ。

願念は心の中で、遊びはもう終わりだと叫んで、一歩踏み込みながら槍を素早く繰り出した。が、いつもと違う。龍之進が、今まで願念が見た事もない速さで飛び込んできたのだ。槍は空しく龍之進の踏み込む前の位置へ伸びていった。願念がアッと思った時は目の前に龍之進がいて、槍の手元を木刀が襲っていた。槍を叩き落とされた願念は、信じられない展開に呆然と立っていた。一刀斎の龍之進の勝ちと言う声を聞くと、願念は我に返り、

「こ、これは何かの間違いだ! もう一回勝負だ!」

と思わず叫んでいた。龍之進は静かに答えた。

「いいですよ。納得がいかないのなら、もう一回やりましょう。」

願念は気合を入れ直した。先程の試合が悪夢の様に感じていた。でもそれを引きずっていては試合に勝てないのだ。再度対峙した。願念の闘争心が溢れているのは、誰の目にも分かる程だった。足で床を踏み鳴らし、腰を据えて槍を構えた。一方龍之進は先ほどと同じように静かに構えていた。願念は一撃で倒すという気力の満つるのを待っていた。頭に熱い血が上がって行く。よし! 突け!の思いが最高潮に達し、爆発した。

願念は渾身の突きを繰り出した。電光石火の槍先が伸びてくる。しかし今度は、龍之進は飛び込まない。体を僅かにずらせて、槍先は体の横を掠めていく。その槍が伸びきったところを、龍之進は片手で槍を掴んで力いっぱい引いた。願念は堪ったものではない。突きによって体が伸びきったところを、更に引かれたのだ。願念は踏ん張る事も出来ず、倒れるように二~三歩前によろめいた。龍之進は槍を引いた反動を利用して、前に踏み込んでいた。願念は見た、龍之進の木刀が上から落ちてくるのを。アッと思った時には肩に鋭い打撃が走った。願念はそのまま床に崩れ落ち、激しい痛みにうずくまってしまった。

一刀斎は三人の弟子に、願念の手当てをするよう命じた。肩の骨が折れてしまった様子で、布で手を固定した。手当てを受けながら願念は深く後悔していた。一刀斎の道場に乗り込むのではなかったと。とんでもない化け物がいたのだ。一刀斎の道場と言うだけあって、恐ろしい剣術家がいるものだと思ったが、もう遅かった。あの若い侍とは二度と立合いたくない、けれども如何いう修行であそこまでの腕前になったのか、不思議に思うのであった。半刻後、少し落ち着いてきた願念は道場をとぼとぼと去って行った。

一刀斎と龍之進は、その後この試合について語ることは無かった。見た目は派手に勝ったように見えるが、実はほんの僅かの差で勝ったのだった。龍之進の戦術と、それを可能にする非凡な俊敏さがあったればこそであった。今にして思えば、願念の槍術は天下一品のものであったのだ。

その頃江戸では、千住大橋の近くの本木村では密かな企みが行われていた。浅草川で猪木舟に乗った両替商の大黒屋は、千住大橋を三町ほど過ぎた右手の岸で降りたのだ。その付近にはちょっとした林があった。大黒屋は林に向かう小道を歩き出した。林の中に入っていくと一軒の農家が見えた。が、普通の農家とは少し様子が違うのだ。家の回りには薪や炭の俵が沢山積んであった。また壁には板窓が幾つもあって開いていた。そして縁側には用心棒二人が茶を飲んでいたが、そのうちの一人が大黒屋に近づいてきて言った。

「大黒屋殿、異常は有りませんよ。」

大黒屋は頷いて、入口の戸を開けて中に入った。

次回 地龍の剣47 に続く

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。