地龍の剣30

   お蘭との再会の巻3

次の日、龍之進は髪結床長治に出向いた。お客はちょうど居らず、龍之進は長次とお蘭に話を切り出した。

「長次さん、お蘭さん、今日は髪結ではない。折り入って話があるのです。私が旗本だという事は薄々知っていますね。此処からは秘密の話になります。他言無用です。実は私の家は、将軍様より特別な仕事を請け負っている家柄なのです。その仕事の一環として、色々な情報集めを必要としています。そこでその情報集めの一員になって頂きたいのです。もちろん報酬は払います。今のところ簡略な話しか出来ませんが、もし引き受けて頂けるなら、明日の夜に我屋敷に来て頂けませんか。父清之進が詳しい話をします。なお夕餉を一緒にしますので、その心積もりで来て下さい。」

長次とお蘭は、驚いたの何の、という態でポカンとしていた。町人が旗本の仲間になって、将軍様の仕事をするなんて考えた事もなかった。また旗本の屋敷に行って共に夕餉を食すなんていう事は、お釈迦様でも知るまいと思ったのだ。だが、二人の頭の中の混乱は徐々に落ち着いてきた。期せずして二人は顔を見合わせた。

「お蘭、これは悪い話ではねえな。将軍様の為に働くのだ。儂はやる。」

「親方、私もやるわ。だって龍之進様がおかしな話を持ってくるはずないもの。」

「長次さん、お蘭さん、了解してくれたようですね。当然悪い話ではないし、危ない話でもありません。安心してください。またもう一度念を押しますが、今ここで話したことは口外無用です。それでは明日の暮れ六つ(夕方六時)に来て下さい。屋敷は堀江町堀奥の薪町です。武家屋敷は一軒しかありませんから分かると思います。」

次の朝早く、長次は薪町に向かった。峰山龍之進の屋敷を確認しておくためだ。実は昨夜は興奮してほとんど眠れなかった。明け方早くに目が覚め、屋敷の場所を確認しようと思い立ったのだった。屋敷は直ぐに見つかった。安心して家に戻って来ると、お蘭はすでに来ていた。お蘭も眠れなかったらしい。長次は屋敷の場所を確認してきたことをお蘭に告げた。二人ともその日の髪結は上の空で、お客の頭を剃刀で剃る時は、気合を入れ直さないとならない位だった。

その日の夕方が来た。長次とお蘭は洗い立ての着物を着て、龍之進の屋敷に向かった。道すがら二人はほとんど言葉を交わさなかった。龍之進の屋敷に着くと佐吉が二人をすぐ居間に案内した。そこには源助と弥助がすでに座っていた。そこで長次とお蘭は改めて三人の顔を見てアッと驚いた。つい最近髪結床に来た面々だったのである。二人は丁寧に挨拶して席に座った。少しの間があって清之進と龍之進が居間に入ってきた。

「今宵は忙しい所来て頂いてかたじけない。儂は当家の主の峰山清之進である。もうお分りと思うが、三日前に長次に髪を結ってもらったな。他の面々にも見覚えがあると思う。隠密の仕事をやっているのでああいう形にならざるを得んことを許してくれ。さて本題に入るが、龍之進が大雑把な話をしていると思う。詳しい話はこれからするが、此処に来てくれたという事は、当家の秘密の仕事を引き受けてくれたという事で良いかな?」

「峰山様、引き受けるも何もこんな名誉の話はありません。儂もお蘭も峰山様のご依頼を喜んでお引き受け致します。」

「長次、お蘭、お礼を言いますぞ。それでは本題に入る。」

と言って、清之進は峰山家の仕事の由来を説明したのだった。そして最後の説明を加えた。

「市中に潜んで悪を探るのは当家しかない。そのためには江戸市中に細かい網の目を張る必要がある。今は五人がその役、町耳目というのだが、それに就いておる。そこで長次は髪結床の世間話の中でおかしな話や不穏な噂話に注意していてもらいたい。また、こちらが挙げる条件に合う人物を探してもらうこともある。なおこれは江戸の髪結の世話役として、江戸中に網を張ってもらう事が重要である。そしてお蘭だが、お蘭は長次のお手伝いと、女髪結として大店などに行った時など、世間話に注意していてもらいたいのだ。よいか、分かったな。」

二人とも頷き、清之進は更に続けた。

「それでこの仕事には手当てが出る。長次には年五両、お蘭は年三両でこの仕事を引き受けてもらいたい。どうだな。」

長次とお蘭は顔を見合わせた。手当の額は半端ではない額だ。普通の職業では、まずこれだけの金額を稼ぐ事は難しい。嬉しいという感情よりこの仕事の重大さを二人は感じたのであった。長次は改まって頭を下げ返答した。

「峰山様、もったいないほどのお手当を有難うございます。儂とお蘭はこの役目、しかとお受け致します。」

「そうか、それでは早速に手当てを渡す。明日から働いてくれ。」

清之進は紙に包んだ五両と三両を二人に手渡した。

「これで長次とお蘭はわが町耳目になった。お祝いの膳と酒を出しなさい。」

一刻ほど酒席は続いた。長次はもちろん、お蘭も酒には強かった。その間に二人はこれからの仕事仲間の源助、佐吉それに弥助と打ち解け合っていったのだった。

次回 地龍の剣31 に続く

前回 地龍の剣29

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。