地龍の剣39

   道灌山の大捕物の巻2

「親分! 大変だ!」

と言いながら三次は浅草水神組の戸を勢いよく開け、火鉢に当たって一服している親分の元へ飛び込んだ。

「三次、騒々しい。何事だ。」

「親分、見つけましたぜ、あの若侍。そして手紙を預かって来ました。」

「何、手紙だと?」

源之丞は三次の手から手紙を引っ手繰った。急いで開いて読むうちに、見る間に顔が真っ赤になっていった。手紙をぐちゃぐちゃに捻り、握り潰すと床に叩きつけた。

「くそッ! 直ぐ舟の支度しろ! 竜宮庵に何かあったらタダでは置かないぞ! 大三! てめえいっしょに来い!」

慌てて舟に乗り対岸の竜宮庵に急行した。入口にはいつもいる用心棒がいない。やはりなのかまさかなのか、訳わからず屋敷内に踏み込んだ。屋敷内はシンとしていた。源之丞は思わず妾の名を叫んだ。

「お紋! 俺だ! どこにいる?」

しかし誰の返事もなかった。二人で小さな屋敷内を隈なく探したが、お紋も攫った女の子達も姿が消えていた。

「親分、誰も居りませんぜ。如何したのだろう。」

「大三、あの若侍に連れていかれたのだ。くそッ! タダじゃあ置かねえぞ。道灌山に百両持って来いだと? ふざけるなッ! 直ぐ帰るぞ。道灌山で引導渡してくれる。」

源之丞は怒り狂っていた。今まですべての事が順調に行っていたのが、急に得体の知れない若侍にぶち壊されたのだ。怒らない方がおかしかった。浅草の水神組に戻った源之丞は、手下に直ぐ戦支度をさせた。親分を先頭に子分のやくざ十五人、そして浪人十人が浅草の町並みの中を進んで行く。その姿に通行人は関わりを恐れてサッと道端に避けていた。

その頃、道灌山では奉行所の捕り方約三十名が崖下の森に潜んでいた。南町奉行の島田利正と定廻同心の山岸左門、そして峰山親子は道灌山の上で待機していた。町奉行がポツリと言った。

「ぼつぼつ来る頃だな。龍之進殿、奴らはどうせ獄門台に送られる身だ。遠慮なく切ってくれ。その方が後の処理は面倒ではなく、奉行所は助かるでな。」

「島田様、分かりました。源之丞と歯向かう浪人共は私が始末します。後の残りはよろしくお願いします。」

「残りや逃げ出す者はこの山岸と捕り方で引き受けよう。」

清之進は黙っていた。息子の真の実力を見極める心積もりなのだ。一人でどこまでやれるか見てみたいのだ。勿論、息子が危ない時はすかさず助けに入る心算であった。道灌山から下を眺めていた山岸同心が奉行に報告した。

「水神組が来ました。全部で二十五~六名です。」

そして山岸は配下の者に指示をした。

「水神組が山に上がってから囲むように。途中で見つからないよう注意しろ。」

指示された男は下にいる捕り方に指示を伝えに下りていった。しばらくして源之丞率いる水神組が頂上に現れた。その時、一人龍之進は頂上の広場の真中にいた。後の三人は端にいたが、姿を隠す事はなかった。源之丞は龍之進の二間ほど手前まで来て止まった。源之丞は龍之進をハッタと睨みつけた。

「お主が手紙を寄越したのだな。ふざけやがって! 俺のお紋は何処にいる?。」

「源之丞親分ですね。身内を攫われた者の気持ちがよく分かったでしょう? そういうひどい事をあなたはやってきたのです。百両なんか安いものです。」

「ふざけるな! 俺の女を攫った奴に金を出せるかッ! それよりお前は誰だ?」

「私ですか? 冥途の土産によく聞いておいてください。峰山龍之進と言います。」

「龍之進とな。よく聞け! 冥途に行くのはお前だ!」

と源之丞が吼えた時、捕り方が一斉に姿を現した。御用! 御用! の声にやくざ達は浮足立った。源之丞は怒り心頭に達していた。

「図ったな、龍之進。あの後ろの三人は奉行所の者だな。何としても貴様だけは殺す。おい、用心棒組はこの若造を始末しろ! 子分共は捕り方の囲みを破れ!」

その源之丞の声と共に戦闘が始まった。周りでは水神組の子分と捕り方の激しい戦いが始まっていた。子分といっても一端のやくざだ。肝が据わっているし、ドスや刀の扱いは慣れている。捕り方もおいそれとは踏み込めないのだ。一方、水神組用心棒の浪人十人は龍之進と対峙していた。浪人といっても剣の腕前のある者を、源之丞は用心棒に雇っていた。源之丞は当然それ以上の腕前だが、目の前に対峙している若侍の腕前は半端でないと感じていた。

しかし浪人達は、自分たちの方が圧倒的に多人数である事に安心感が強かった。この人数で一人の若侍に負けるわけがないという油断が、戦いに対する真剣さを欠落させていたのだ。龍之進から見れば、対峙する相手の気迫は敏感に感じ取れるのだ。そしてそれを見て取った龍之進は、気迫の弱い一角に踏み込んだ。その浪人にしてみれば、まさか自分が真っ先に掛かってこられるとは思いもしなかった。狼狽して刀を振り上げたが遅すぎた。龍之進の踏み込みが速すぎて、すでに胴を左から右に切られていた。その浪人は、エ? 切られた? と思いながら自分の腹を見た。数瞬後、着物が裂けた所から切られた腸がヌルッと出て来た。同時に激痛が体を貫き、屈み込みながら地面に突っ伏していった。昨夜も美味い酒を飲み、今夜も明日もそれが続くことを疑いもしなかった身に、今、正に死が訪れているのだ。激痛の中でその理不尽に打ち拉がれながら意識は遠退いていった。

次回 地龍の剣40 に続く

前回 地龍の剣38

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。