道灌山の大捕物の巻2
「親分! 大変だ!」
と言いながら三次は浅草水神組の戸を勢いよく開け、火鉢に当たって一服している親分の元へ飛び込んだ。
「三次、騒々しい。何事だ。」
「親分、見つけましたぜ、あの若侍。そして手紙を預かって来ました。」
「何、手紙だと?」
源之丞は三次の手から手紙を引っ手繰った。急いで開いて読むうちに、見る間に顔が真っ赤になっていった。手紙をぐちゃぐちゃに捻り、握り潰すと床に叩きつけた。
「くそッ! 直ぐ舟の支度しろ! 竜宮庵に何かあったらタダでは置かないぞ! 大三! てめえいっしょに来い!」
慌てて舟に乗り対岸の竜宮庵に急行した。入口にはいつもいる用心棒がいない。やはりなのかまさかなのか、訳わからず屋敷内に踏み込んだ。屋敷内はシンとしていた。源之丞は思わず妾の名を叫んだ。
「お紋! 俺だ! どこにいる?」
しかし誰の返事もなかった。二人で小さな屋敷内を隈なく探したが、お紋も攫った女の子達も姿が消えていた。
「親分、誰も居りませんぜ。如何したのだろう。」
「大三、あの若侍に連れていかれたのだ。くそッ! タダじゃあ置かねえぞ。道灌山に百両持って来いだと? ふざけるなッ! 直ぐ帰るぞ。道灌山で引導渡してくれる。」
源之丞は怒り狂っていた。今まですべての事が順調に行っていたのが、急に得体の知れない若侍にぶち壊されたのだ。怒らない方がおかしかった。浅草の水神組に戻った源之丞は、手下に直ぐ戦支度をさせた。親分を先頭に子分のやくざ十五人、そして浪人十人が浅草の町並みの中を進んで行く。その姿に通行人は関わりを恐れてサッと道端に避けていた。
その頃、道灌山では奉行所の捕り方約三十名が崖下の森に潜んでいた。南町奉行の島田利正と定廻同心の山岸左門、そして峰山親子は道灌山の上で待機していた。町奉行がポツリと言った。
「ぼつぼつ来る頃だな。龍之進殿、奴らはどうせ獄門台に送られる身だ。遠慮なく切ってくれ。その方が後の処理は面倒ではなく、奉行所は助かるでな。」
「島田様、分かりました。源之丞と歯向かう浪人共は私が始末します。後の残りはよろしくお願いします。」
「残りや逃げ出す者はこの山岸と捕り方で引き受けよう。」
清之進は黙っていた。息子の真の実力を見極める心積もりなのだ。一人でどこまでやれるか見てみたいのだ。勿論、息子が危ない時はすかさず助けに入る心算であった。道灌山から下を眺めていた山岸同心が奉行に報告した。
「水神組が来ました。全部で二十五~六名です。」
そして山岸は配下の者に指示をした。
「水神組が山に上がってから囲むように。途中で見つからないよう注意しろ。」
指示された男は下にいる捕り方に指示を伝えに下りていった。しばらくして源之丞率いる水神組が頂上に現れた。その時、一人龍之進は頂上の広場の真中にいた。後の三人は端にいたが、姿を隠す事はなかった。源之丞は龍之進の二間ほど手前まで来て止まった。源之丞は龍之進をハッタと睨みつけた。
「お主が手紙を寄越したのだな。ふざけやがって! 俺のお紋は何処にいる?。」
「源之丞親分ですね。身内を攫われた者の気持ちがよく分かったでしょう? そういうひどい事をあなたはやってきたのです。百両なんか安いものです。」
「ふざけるな! 俺の女を攫った奴に金を出せるかッ! それよりお前は誰だ?」
「私ですか? 冥途の土産によく聞いておいてください。峰山龍之進と言います。」
「龍之進とな。よく聞け! 冥途に行くのはお前だ!」
と源之丞が吼えた時、捕り方が一斉に姿を現した。御用! 御用! の声にやくざ達は浮足立った。源之丞は怒り心頭に達していた。
「図ったな、龍之進。あの後ろの三人は奉行所の者だな。何としても貴様だけは殺す。おい、用心棒組はこの若造を始末しろ! 子分共は捕り方の囲みを破れ!」
その源之丞の声と共に戦闘が始まった。周りでは水神組の子分と捕り方の激しい戦いが始まっていた。子分といっても一端のやくざだ。肝が据わっているし、ドスや刀の扱いは慣れている。捕り方もおいそれとは踏み込めないのだ。一方、水神組用心棒の浪人十人は龍之進と対峙していた。浪人といっても剣の腕前のある者を、源之丞は用心棒に雇っていた。源之丞は当然それ以上の腕前だが、目の前に対峙している若侍の腕前は半端でないと感じていた。
しかし浪人達は、自分たちの方が圧倒的に多人数である事に安心感が強かった。この人数で一人の若侍に負けるわけがないという油断が、戦いに対する真剣さを欠落させていたのだ。龍之進から見れば、対峙する相手の気迫は敏感に感じ取れるのだ。そしてそれを見て取った龍之進は、気迫の弱い一角に踏み込んだ。その浪人にしてみれば、まさか自分が真っ先に掛かってこられるとは思いもしなかった。狼狽して刀を振り上げたが遅すぎた。龍之進の踏み込みが速すぎて、すでに胴を左から右に切られていた。その浪人は、エ? 切られた? と思いながら自分の腹を見た。数瞬後、着物が裂けた所から切られた腸がヌルッと出て来た。同時に激痛が体を貫き、屈み込みながら地面に突っ伏していった。昨夜も美味い酒を飲み、今夜も明日もそれが続くことを疑いもしなかった身に、今、正に死が訪れているのだ。激痛の中でその理不尽に打ち拉がれながら意識は遠退いていった。
次回 地龍の剣40 に続く
前回 地龍の剣38
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