地龍の剣40

    道灌山の大捕物の巻3

一方、龍之進は切ると同時に右横の浪人に踏み込んでいた。浪人の上段からの打ち込みを躱しながら袈裟懸けを浴びせ、更に右横の敵にも踏み込む。浪人の鋭い袈裟切りが来るが、体を素早く横にして刃を外しながら突きを胸に入れる。四人目は後ろにいた浪人が標的になった。龍之進の動きが横、横、横の動きで、その惰性で次も横だろうと勝手に思っていたのだ。慌てて刀を振り下ろしたが間に合わない。胴をスパッと切られて突っ伏してしまった。

一挙に四人を失い、浪人達は浮足立った。そんな馬鹿なという思いと、次は自分が切られるかもしれないという恐怖で、後退りになっていった。そして残った六人は逃げようと後ろを振り向いた。しかし後ろには清之進と山岸同心、そして島田南町奉行が刀を抜いて控えていたのだ。それを見た浪人達は漸く覚悟を決めた。戦うしかないのだ。その内四人は清之進達三人に突入していった。

清之進は突入してきた一人目の太刀を躱し、二人目の浪人に飛び込んで胴切りにした。クルリと反転して最初の浪人が反撃するのを躱しながら、胸に突きを入れたのであった。山岸同心は三人目の浪人の太刀を受け、押し合いになっていた。しかし山岸の押しが勝り、相手が腰砕けになった所を唐竹割で仕留めたのだ。山岸がお奉行は?と後ろを振り返ると、四人目の浪人と刀を交えていたが押され気味だった。そこへ奉行が危ないと見た清之進が直ぐに割って入り、袈裟切りで仕留めたのだ。

龍之進は如何なっていると皆が見ると、最後の二人の浪人と対峙していた。その二人は浪人の中で一番腕が立つのだが、龍之進には敵わないとみて素早く打合せをしていた。それは龍之進を前後に挟んで、同時に切り掛かろうという事なのだ。対峙しながら一人はジリッ、ジリッと龍之進の後ろに廻って行く。龍之進は二人の意図を悟っていた。そして完全に前後に挟まれたのだ。龍之進は後ろを見ないで、前の敵だけを見ていた。後を見なくとも気配が感ぜられ、尚且つ前の敵の挙動と気配で後ろの敵の動きが察せられたのだ。

前の浪人が刀を大上段に振り上げて踏み込んできた。その瞬間、龍之進は四分の一回転しながら後ろに一歩下がった。後の浪人の大上段から振り下ろす刀は横向きになった龍之進の目の前で空を切り、龍之進の片手突きが後ろの浪人の鳩尾(みぞおち)に突き込まれていた。当然前の浪人の刀は間合いを外されて、これまた空を切っていた。龍之進は突いた刀を即座に抜いて、素早く前方に踏み込んだ。龍之進の余りに速い動きに前の浪人の対応がわずかに遅れ、これまた龍之進の片手突きが浪人の胸に刺さっていた。

源之丞は少し離れた所で闘争の成り行きをじっと見ていた。用心棒が全員やられた事を信じがたい思いで見ていた。龍之進の腕前には驚いたが、負けるわけにはいかないのだ。源之丞はある潰された藩の指南役であり、その誇りを今でも持っていたのだった。そして最後に倒された二人の浪人は源之丞の高弟であった。その二人が倒されて源之丞の覚悟は決まった。

「龍之進とやら、見事な腕前である。儂の本名は笹山源之丞と申す。今は水神組の親分ではあるが、その昔はある潰された藩の指南役をやっておった。さすれば今はやくざの親分ではなく、侍としてお主と尋常の勝負をしたい。」

「源之丞殿、そうでしたか。分かりました。侍として尋常の勝負を致しましょう。」

二人は同時に前に出て行く。そして一間余の間合いで静止した。源之丞はやや反り気味の八双に構えた。龍之進は片手で南紀重国を片手で持ち、静かに斜め下に構えた。地龍の構えだ。源之丞の気迫が徐々に膨らんでいく。それに対して龍之進は相手の気の膨らみを静かに感じ取っていた。源之丞の気が最高に膨らみ、止まった。そして弾けた。裂帛の掛け声と共に八双からの太刀が振り下ろされる。が、その刃の先に龍之進がいない。回転して横向きになった龍之進の目の前の空間をビュッと刃が切り裂いたが、すでに南紀重国の下からの片手突きが源之丞の心の臓に突き刺さっていた。刀を抜きながら龍之進は呟いた。

「地龍の剣。」

笹山源之丞は胸から血を吹き出しながら切れ切れに呟いた。

「ま、負けた。ウムムー、地龍の剣とな。み、見事だ。」

そして膝を着き前のめりに崩れ落ちて行った。

「お見事! 龍之進殿。」

思わず町奉行と山岸同心が叫んだ。清之進は息子の腕前に満足そうに頷いていたのであった。一方、子分のやくざ共も全員取り押さえられていた。町奉行は捕り方から報告を受けていたが、配下の者に此処の後始末を託した。そして奉行は山岸同心と峰山親子と共に江戸に戻って行った。四人は江戸が少しでも平穏に戻る事に安堵していたのだった。

翌朝、日本橋水運の徳次郎が奉行所に呼び出された。そして水神組が受け持っていた水運事業を代わりに受け持つよう要請されたのだ。攫った子供を隠していた竜宮庵を突き止めた徳次郎に対する密かな褒美であった。徳次郎は奉行所から帰ると直ぐにその手配をし、水神組で働いていた船頭や水夫をそのまま雇用したのだ。水神組が消えて不安になっていた船頭や水夫は、その処置に皆喜んでくれたのだった。徳次郎は分かっていた。この御達しは峰山様が日本橋水運の働きを、お奉行様の耳に入れてくれたお陰である事を。

次回 地龍の剣41 に続く

前回 地龍の剣39

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。