青梅街道の巻3
龍之進はしばらく黙っていたが、静かな声で言った。
「お前さんたちが、この街道で旅人を苦しめている駕籠屋ですか。凝らしめないと、その悪行は止めそうにありませんね。」
小太りの頭は、想定していた展開とまるっきり違うことに苛立った。ほとんどの旅人は財布を出し、「命だけはお助けを」という具合に行くはずだった。思わぬ反撃に逆上した頭は、
「野郎ども、こやつを叩きのめしてしまえ!」
と大声で命令した。六人の駕籠かきが龍之進の回りを取り囲み、駕籠かき用の太い棒を振り上げた。が、その瞬間、龍之進は正面の敵の懐に飛び込んでいた。慌てて振り下ろした棒は、空を切って地面を叩いた。その時には龍之進の鉄拳が鳩尾(みぞおち)を強打していたのだ。駕籠かきが倒れる前に、持っていた棒を奪い取り、横の敵の肩を打っていた。「ゴキッ!」と肩の骨が折れた様な音がした。そして間髪を入れずに、更にその横の敵にも同様の攻撃がなされた。瞬時に三人が倒されてしまったのだった。
あまりにも素早い攻撃に、残りの三人の駕籠かきは恐怖を覚え、へっぴり腰になってしまった。龍之進は
「お次は誰ですか。」
と言って、ズイッと一歩前に出た。三人はたまらず「ワアー」と喚いて逃げ出してしまった。その一部始終をじっと見ていた頭は、龍之進の強さに言い知れぬ恐怖を覚えたが、今更逃げ出すわけにはいかない。元武士としての矜持もまだ残っていた。
「若造と思って油断をした。儂が引導を渡してやる。覚悟せい!」
と言いながら太刀をするりと抜いた。龍之進は生まれて初めて真剣と対峙する事になったが、不思議と恐怖は涌いてこない。この初めての真剣との対峙に、駕籠屋の棒で対抗するのに違和感があった。
「佐吉、木刀を渡してください。」
と言って木刀を受け取り、小太りの頭に言った。
「貴方のお名前と剣の流儀をお聞きしておきましょうか。」
「よかろう。儂は新垣才十郎と言う元は西軍の武士だ。昔はそれでも百石取りの武士であったが、今は落ちぶれたものよ。流儀は陰流(かげりゅう)を少しかじっておる。」
「新垣様、わたしは峰山龍之進と申します。流儀はまだありません。父から剣の基本を学んだだけで、これから山に籠って修行をするところです。」
「龍之進とやら、駕籠かき相手の動きは見事であったが、儂には通じるかな。」
「新垣様、それはやってみなければ分からないでしょう。ただ一つ約束してくれませんか。新垣様が負けたら、もうこのような追剥はしないという事を。如何ですか。」
「ふーむ、いいだろう。約束しよう。それでは遠慮なく参る。」
新垣は太刀を上段に構えた。龍之進は右片手に木刀をだらりと下げた。その瞬間スッと後ろに下がりながら体勢を低くする。が、そこに留まることなく、体勢を低くした瞬発力を使って素早く前に走る。新垣は龍之進の素早い動きに、間合いがはっきり掴めなくなった。慌てた新垣は太刀を振り下ろすが、迷った太刀には勢いがない。龍之進はその太刀筋を見極め躱しながら、片手の木刀を新垣の手首に打ち下ろした。勝負は一瞬のうちに決した。
新垣は打たれた衝撃に太刀を落としていた。もし龍之進が真剣を握っていたら、自分の手は無くなっていただろうと、新垣は龍之進の剣の腕前に恐れをなしていた。折れたかもしれない手首の痛みに耐えながら新垣は言った。
「参った。儂の負けだ。約束は守る。」
龍之進は黙って頷き返し、踵を返した。足早に暗い森を抜け、元の街道に戻っていった。佐吉は龍之進の勝負の動き、態度に改めて驚いていた。真剣と対峙するのは初めてなのに、普段と全く変わらない動きが出来るのは、並大抵の精神力では出来ない。実は龍之進自身も、平静に対処できたことに驚いていた。でも考えてみれば、毎日竹刀で鋭く打たれていた。切れはしないが、竹刀でもかなりの痛さで、父と対峙するときの恐怖は強かった。しかし次第に慣れて恐怖は無くなっていったのであった。そのために平静に対峙できたかもしれないと、龍之進は思いながら街道を歩いていた。
道草を食ってしまったが、夕方には田無の宿に着いた。何軒か宿があるが、静かそうな宿で旅装を解いた。風呂に入ってさっぱりした後、夕餉の膳が出てきた。ご飯、菜の味噌汁、焼き魚、香の物の質素な食事であったが、一日中歩いて疲れた身にはとても美味しい食事であった。
「佐吉、今日は色々ありましたね。」
「龍之進様、ほんとに。あの女スリには驚きました。わっしもあれがスリだとは気付きませんでした。あんな若い女がスリをするなんて、どういう生い立ちだったのでしょうね。」
「その事だ。きっと止むを得ない事情があったのだろう。これに懲りて改心してくれると良いのだが。」
その頃江戸では、女スリお蘭が幼い二人の妹を寝かしつけていた。でも今朝の日本橋での出来事が、頭から離れないでいた。あの青年の爽やかな顔が思い出され、何故か胸がキュッとするのであった。それと同時に、もうスリは止めようと何度も思うのであった。
次回 地龍の剣6 に続く
前回 地龍の剣4
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