地龍の剣5

  青梅街道の巻3

龍之進はしばらく黙っていたが、静かな声で言った。

「お前さんたちが、この街道で旅人を苦しめている駕籠屋ですか。凝らしめないと、その悪行は止めそうにありませんね。」

小太りの頭は、想定していた展開とまるっきり違うことに苛立った。ほとんどの旅人は財布を出し、「命だけはお助けを」という具合に行くはずだった。思わぬ反撃に逆上した頭は、

「野郎ども、こやつを叩きのめしてしまえ!」

と大声で命令した。六人の駕籠かきが龍之進の回りを取り囲み、駕籠かき用の太い棒を振り上げた。が、その瞬間、龍之進は正面の敵の懐に飛び込んでいた。慌てて振り下ろした棒は、空を切って地面を叩いた。その時には龍之進の鉄拳が鳩尾(みぞおち)を強打していたのだ。駕籠かきが倒れる前に、持っていた棒を奪い取り、横の敵の肩を打っていた。「ゴキッ!」と肩の骨が折れた様な音がした。そして間髪を入れずに、更にその横の敵にも同様の攻撃がなされた。瞬時に三人が倒されてしまったのだった。

あまりにも素早い攻撃に、残りの三人の駕籠かきは恐怖を覚え、へっぴり腰になってしまった。龍之進は

「お次は誰ですか。」

と言って、ズイッと一歩前に出た。三人はたまらず「ワアー」と喚いて逃げ出してしまった。その一部始終をじっと見ていた頭は、龍之進の強さに言い知れぬ恐怖を覚えたが、今更逃げ出すわけにはいかない。元武士としての矜持もまだ残っていた。

「若造と思って油断をした。儂が引導を渡してやる。覚悟せい!」

と言いながら太刀をするりと抜いた。龍之進は生まれて初めて真剣と対峙する事になったが、不思議と恐怖は涌いてこない。この初めての真剣との対峙に、駕籠屋の棒で対抗するのに違和感があった。

「佐吉、木刀を渡してください。」

と言って木刀を受け取り、小太りの頭に言った。

「貴方のお名前と剣の流儀をお聞きしておきましょうか。」

「よかろう。儂は新垣才十郎と言う元は西軍の武士だ。昔はそれでも百石取りの武士であったが、今は落ちぶれたものよ。流儀は陰流(かげりゅう)を少しかじっておる。」

「新垣様、わたしは峰山龍之進と申します。流儀はまだありません。父から剣の基本を学んだだけで、これから山に籠って修行をするところです。」

「龍之進とやら、駕籠かき相手の動きは見事であったが、儂には通じるかな。」

「新垣様、それはやってみなければ分からないでしょう。ただ一つ約束してくれませんか。新垣様が負けたら、もうこのような追剥はしないという事を。如何ですか。」

「ふーむ、いいだろう。約束しよう。それでは遠慮なく参る。」

新垣は太刀を上段に構えた。龍之進は右片手に木刀をだらりと下げた。その瞬間スッと後ろに下がりながら体勢を低くする。が、そこに留まることなく、体勢を低くした瞬発力を使って素早く前に走る。新垣は龍之進の素早い動きに、間合いがはっきり掴めなくなった。慌てた新垣は太刀を振り下ろすが、迷った太刀には勢いがない。龍之進はその太刀筋を見極め躱しながら、片手の木刀を新垣の手首に打ち下ろした。勝負は一瞬のうちに決した。

新垣は打たれた衝撃に太刀を落としていた。もし龍之進が真剣を握っていたら、自分の手は無くなっていただろうと、新垣は龍之進の剣の腕前に恐れをなしていた。折れたかもしれない手首の痛みに耐えながら新垣は言った。

「参った。儂の負けだ。約束は守る。」

龍之進は黙って頷き返し、踵を返した。足早に暗い森を抜け、元の街道に戻っていった。佐吉は龍之進の勝負の動き、態度に改めて驚いていた。真剣と対峙するのは初めてなのに、普段と全く変わらない動きが出来るのは、並大抵の精神力では出来ない。実は龍之進自身も、平静に対処できたことに驚いていた。でも考えてみれば、毎日竹刀で鋭く打たれていた。切れはしないが、竹刀でもかなりの痛さで、父と対峙するときの恐怖は強かった。しかし次第に慣れて恐怖は無くなっていったのであった。そのために平静に対峙できたかもしれないと、龍之進は思いながら街道を歩いていた。

道草を食ってしまったが、夕方には田無の宿に着いた。何軒か宿があるが、静かそうな宿で旅装を解いた。風呂に入ってさっぱりした後、夕餉の膳が出てきた。ご飯、菜の味噌汁、焼き魚、香の物の質素な食事であったが、一日中歩いて疲れた身にはとても美味しい食事であった。

「佐吉、今日は色々ありましたね。」

「龍之進様、ほんとに。あの女スリには驚きました。わっしもあれがスリだとは気付きませんでした。あんな若い女がスリをするなんて、どういう生い立ちだったのでしょうね。」

「その事だ。きっと止むを得ない事情があったのだろう。これに懲りて改心してくれると良いのだが。」

その頃江戸では、女スリお蘭が幼い二人の妹を寝かしつけていた。でも今朝の日本橋での出来事が、頭から離れないでいた。あの青年の爽やかな顔が思い出され、何故か胸がキュッとするのであった。それと同時に、もうスリは止めようと何度も思うのであった。

次回 地龍の剣6 に続く

前回 地龍の剣4

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。