青梅街道の巻2
龍之進と佐吉は追分まで二里ほど歩いてきたので、休憩場所を探していた。すると追分手前に数軒の茶店が開いていた。一番奥の茶店が空いていて、そこの縁台に腰を下ろした。白髪交じりのお婆さんが早速お茶を持ってきて言った。
「食べ物は団子しかないが、食べなさるかね。」
「お婆さん、それでいいです。二皿お願いします。」
龍之進は即座に注文した。お婆さんは奥に向かって、
「お爺さん、団子二皿お願いですよ。」
と意外と元気な声で言った。佐吉は小腹が空いていたので、団子が待ち遠しかった。しばらくして
「さあさ、美味しい団子が出来ましたよ。」
と、お婆さんは腰を屈めながら団子を持ってきた。四つの団子が刺さった串が一皿に二本あり、とろっとした砂糖醤油がたっぷりかかっていた。二人はそれぞれに皿を取り、大きな口を開けて団子を咥えると串を引き抜いた。しばらくモグモグしていたが、
「お婆さん、これはうまい!」
と、佐吉が大声で言った。お婆さんは満足そうに頷いた。二人は最後の団子を名残惜しそうに食べた後、残っていたお茶をゆっくりと飲み干した。龍之進は、横でニコニコ見ているお婆さんに言った。
「お団子、大変美味しかったです。ところで青梅街道の様子は如何ですか。」
「お前さん方は青梅の方に行くのかな。すぐそこの追分を右に取って、畑や林の中をひたすら歩けば、四里ほどで田無の宿に着きますよ。でも、追剥をする駕籠屋もいるから気を付けなさいよ。」
と親切な注意をしてくれたのだった。龍之進はお礼を言い、団子代に少し色を添えて払った。お婆さんは恐縮しながら、
「それでは気を付けてお行きなされよ。追剥に会わんようにな。」
と送り出してくれたのだった。
甲州街道と青梅街道の追分で、右の青梅街道に入った二人は、畑や林の入り混じった道を進んでいく。畑ではお百姓衆が畑を耕し、種をまく準備をしていた。陽が空の頂上に届いた頃、新芽の吹き出し始めた林の中で、二人は一休みの中食を取り始めた。早朝に母がにぎってくれたおにぎりを、龍之進は少し感傷に浸りながら食べていた。それと共に修行は数年になるかもしれないと気を引き締めていたのだった。
おにぎりを食べ終え、竹筒に入れた水を飲み終えた時だった。一丁の駕籠が通り過ぎた。が、四、五間先で急に止まったのだ。駕籠かき棒を持った二人が、駕籠を置いて二人の方に戻ってきた。
「お侍さん、駕籠に乗って行けば楽に旅ができるよ。乗って行かないかね。」
と、モジャモジャ顎鬚の男が愛想よく言った。
「何処にいくか知らないが、儂らの駕籠に乗れば極楽旅じゃよ。」
と、ノッポの男が駕籠を指さして言った。佐吉は駕籠かき達のせせら笑うような顔を見て、
「駕籠は楽かもしれないが、疲れていないから乗りませんよ。」
と、断りを入れると、二人の駕籠かきは急に気色ばんで、
「人が親切に駕籠を勧めているのに、それを断るとはどういう了見だ。」
と顎鬚の男がドスの利いた声で言った。この時龍之進は、茶店のお婆さんの言った追剥の駕籠屋という話を思い出していた。そこで龍之進は佐吉を制して言った。
「佐吉、良いではないですか。この駕籠屋さんに乗せて行ってもらいましょう。」
佐吉は何か言いかけたが、龍之進の目配せである意図を理解した。顎鬚の男はまた愛想良い顔に戻り、
「さすがはお侍さんだ。極楽の旅にしますぜ。さあ、乗った乗った。」
と言って駕籠に向かって歩き出した。龍之進もそれに従い、佐吉も慌ててその後を追った。龍之進は籠に乗り込み、エイホ、エイホの掛け声とともに駕籠は進んでいく。四半刻(三十分)ほど行った林の中で枝道があり、その踏み跡の少ない道に駕籠は入って行った。佐吉は籠の後ろから歩いて付いてきているので、おかしな道に入ったなと気付いたが、黙っていた。そのうちに前方に針葉樹の薄暗い林が見えてきた。そこへ入って行くと、ちょっとした広場があった。そこで駕籠は止まった。広場の際に小さな小屋があり、その横に別の駕籠二丁が置かれていた。
「お侍さん、着きましたぜ。」
と駕籠の先頭の顎鬚の男がぶっきらぼうに言った。龍之進はこの展開が読めていたので、ゆっくりと駕籠から出た。その時小屋から風体の良くない五人の男たちが出てきた。四人は駕籠かきで、最後に出てきた男は猪の毛皮を着、大小の刀を差した小太りの男であった。龍之進はこの男がこの追剥一味の頭であり、元武士であったなと認識した。その頭が前にズイッと出て言った。
「極楽駕籠に乗って着いた所は地獄だ。地獄の閻魔様に懐の金をおとなしく出すことだ。さすれば命の保証はしてやろう。」
次回 地龍の剣5 に続く
前回 地龍の剣3
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