地龍の剣37

   救出の巻5

急遽二人は部屋の外の庭で立合う事になった。山岸左門は奉行所内では一番の腕利きだった。定廻同心は悪人と対峙する役目であり、やわな腕前では職務遂行が出来ないのだ。そういう同心達の中で山岸は豪剣を使う事で有名であった。二人は一礼して竹刀を構えた。山岸は大上段に構えた。この構えが好きなのだ。相手に対して威圧感を強く与える事が出来るし、打込みの太刀の速度が速いのだ。龍之進は八双の構えで対峙した。その姿を見た山岸はいつもと違う感覚に襲われた。普通なら相手は闘志をむき出しにして対峙するが、龍之進にはそう言う気配が全く感じられなかった。何故かその姿が庭の中に溶け込んでいるような感じで、龍之進という一本の庭の木が竹刀という枝を出して立っているだけであった。

山岸は間合いに向けて一歩踏み込む。しかしその木はそよりとも動かない。山岸は間合いに入る次の一歩を素早く踏み出しながら、大上段の竹刀を鋭く打ち下ろしていた。が、その木はすでにそこにはない。消えていたのだ。アッと思った時には右手に痛みが走った。山岸の斜め横にその木は移動していて、そこから伸びた一本の枝が自分の手を打っていたのだった。山岸は参ったと言うのも忘れて呆然と立っていた。負けたという屈辱はなかった。神がかりのような木には負けても仕方がないという感じだった。

「山岸、どうした。」

奉行の声に山岸は我に返った。

「お、お奉行、負けました。強いというより神懸りした庭木のようなものと対峙したという感じです。こんな負け方は初めてです。」

「そうであろうな。龍之進殿の刹那の動きは儂にもはっきり見えなかった。山岸、これで納得したな。」

「お奉行、納得したというより心強いです。どちらかというと私は付録で鬼退治についていくようなものです。ところで龍之進殿、是非修行の話を詳しく聞きたいのですが如何でしょうな。」

「山岸、慌てるでない。二人とも庭に突っ立っていないで、部屋に上がって茶でも飲んで喉を潤せ。それから剣術談義で良いではないか。」

半刻近く剣術や修行の話に花が咲いた。それから明日の動きを確認して二人は奉行所を辞したのであった。

次の朝、龍之進は辰の刻に間に合う様に鍛冶橋の南町奉行所に出向いた。手には木刀も持っていた。昨日の打合せで竜宮庵にいる浪人にも、人攫いの証言をさせようという事になったためであった。奉行所に着くと目明しの勇五郎はすでに来ていた。日本橋水運の二丁櫓の大きな舟も到着していた。奉行所の舟では水神組に悟られる恐れがあるためであった。漕ぎ手は徳次郎と、向島に隠れ家がある手がかりを見つけた船頭の仙蔵であった。定廻同心の山岸も直ぐ顔を見せ、三人は舟に乗り込んだ。猪木舟より一回り大きいが、二人で漕ぐためかなりの速さであった。半刻弱で向島の葦の茂みに舟を着けていた。

三人は舟を下りて林の中を進み、竜宮庵に静かに忍び寄った。勇五郎が近くの松によじ登り、竜宮庵の内部をそっと覗いた。しばらくして勇五郎は下りてきて言った。

「偽尼は縁側のある部屋で、女の子達に何か話をしているようです。そしてその縁側に浪人が二人座っています。そしてもう一人が玄関前でウロウロしています。」

それを聞いた山岸は即座に手筈を決めた。

「龍之進殿、玄関の浪人は拙者が引き受けます。龍之進殿はそのまま横の庭に突入して、縁側の浪人二人をお願いします。勇五郎、お前は偽尼の捕縛と女の子の救出だ。よいな。」

三人は一斉に門から中に入った。玄関前の見張りの浪人は突如入って来た三人組に驚いたが、曲者だと大声を発し、直ぐに刀を抜いて侵入を阻止しようとした。これに山岸左門が刀を抜いて向かって行った。その間に龍之進と勇五郎は素早く家の横を廻って中の庭に入った。縁側の浪人二人は入口の騒ぎに気付き、立ち上がって刀を抜いたところだった。龍之進は立ち止まることなく二人の浪人の元へ走り寄った。浪人達は自分達が襲われるとは夢にも思っていなかった。その動揺の為、太刀の動きが鈍かった。龍之進は最初の浪人の太刀筋を避けながら、胴に木刀を打ち込んだ。

崩れ落ちる体の脇をすり抜けて、後ろの浪人の大上段に振りかぶった太刀が落ちてくる前に、鳩尾(みぞおち)に突きを入れていた。が、龍之進は浪人の崩れ落ちる姿は見ていなかった。視線は素早く部屋の中にいる偽尼に当てられていた。縁側の上には勇五郎が十手を構えて偽尼に迫ろうとしていたが、偽尼は女の子達に匕首を突き付けていた。龍之進はその様子を瞬時に見て取ると素早く地面に屈みこんだ。偽尼は龍之進の動きの意味が読み取れなかった。偽尼から見ると龍之進は縁側の下に隠れた様に見えたのだが、家の下に潜ってどうするのだろうと気を取られたのだ。

その瞬間、龍之進がまた姿を見せた。偽尼があれ?と思った時には龍之進の手が横に振られたのだ。石礫が偽尼の鬢に激しい打撃を与えていた。偽尼は鋭い衝撃と痛みに思わず匕首を落としてしまったのだった。勇五郎はそのスキを見逃さず、飛び掛かって偽尼を縛り上げた。その最中に偽尼の頭巾が取れて、真っ黒な長い黒髪が出てきたのだ。やはり偽尼だったかと龍之進はホッと安堵したのだった。攫われていた女の子四人は何が起こっているのか訳わからず呆然としていたが、龍之進が助けに来たのだよと言うと、躍り上がったり抱き合ったりして喜び合ったのだった。

次回 地龍の剣38 に続く

前回 地龍の剣36

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。