天国のある日の出来事(続き)

天国のある日の出来事 の続編です。

妄想天網恢恢、粗にしてお粗末

天国の蓮池の前に立つ宇宙創造主のコモン様の前に、カクテルさんが地獄からスッと戻って来ました。

「オオ、戻って来ましたか。大王の話は如何だったかな。」

カクテルさんは閻魔大王の話をコモン様に説明しました。コモン様は暫く考え込んでいました。

「そういう事か。この際もう一度人間共をリセットするか? 以前大洪水で地球を大掃除した時、ノアとその家族のみを生き永らえさせたが、その後また人間が増えて元の木阿弥になってしまった。今回はやるとしたら徹底的にやるのだが、全く罪のない者や、動物、植物まで滅ぼしてしまう事になってしまう。地球を守り育てて来たガイアさんにも申し訳ないな。」

そう言うとまた考え込むコモン様でした。その様子を見ていたスケールさんはコモン様に言いました。

「コモン様、人間達を悪者と普通の暮らしをしている人間とに分ける事は出来ないでしょうか。」

「なかなか難しいな。元を正せば地球に人間を作った儂がいけないのじゃ。人間には生きていくための武器となる強い肉体を与えず、その代わり考える力を大きな脳にして与えたのじゃ。そして他の動物と見分けが付くように体毛を抜いてしまったのだ。生きるために力が強い方が良いか、それより知恵が有るほうが良いかの実験だったのだ。だが知恵を自然との調和に使うべきなのに、自己の欲望を満たすために使うようになってしまった。これは儂の考えもしない誤算であった。」

今度はカクテルさんが口を挟んだ。

「コモン様、銀河を統括するギンヤコフスキーさんを呼んで、地球の詳しい話を聞いたら如何でしょうか?」

「そうだな、それがいい。カクテルさん、此処へギンヤコフスキーさんを呼んで下さい。」

「はい、分かりました。少々お待ちを。」

と言うとカクテルさんはテレパシーでギンヤコフスキーさんに此処へ来るよう話しました。するともうそこにはギンヤコフスキーさんが現れました。

「コモン様、何か御用ですか?」

「ウン、他でもない、地球の人間共の様子を聞きたいのだが。」

そこでスケールさんが、どうしてそのような質問をするのか、簡潔にギンヤコフスキーさんに説明しました。深く頷いたギンヤコフスキーさんは話し出しました。

「コモン様もやはり地球の事が気になりましたか。確かに今の地球はガイアさんが困るくらい人間が増えすぎ、地球の美しい自然を食い荒らしています。そして人間達の欲望が渦巻き、地球の意識レベルが著しく下がっています。ある人間達は増えすぎた人間を十分の一くらいに減らし、残った人間を奴隷にして統治しようとしています。人間の数が減る事は地球の負荷が減って悪い事ではないのですが、皆に気付かれない様に正義のふりして強引にやる所は問題です。昔からある手ですが、悪い奴が二手に分かれ、一方は善良な人達を襲う。そして残った方はそこに正義のふりして助けに出て善良な人達の信頼を得る。そして善良な人達は悪巧みの意図を知らずに騙されてゆく、という安っぽい芝居ですよ。そして悪者達の欲望によって他の大多数の者が不幸のどん底に落とされていくのです。更に悪者達は人としてあってはならない様なアブノーマルな欲望を持っている事が大問題ですね。」

「ウーム、地球の人間達にそんな動きがあるのか。それで悪人共の思う様にそのまま進みそうなのか?」

「さすがにそういうおかしな動きに気付き始めた人間も増えて、アブノーマルな欲望を阻止すべく動き出しています。米穀村の虎布という前村長の男が、おかしな動きを止めようと先頭になって動いていますが、どうなるかは分かりません。ただ、そういう状況を全く考えない人間も多くいます。特に島国の阿本という村の大多数の人間は、とんでもない事態に直面しているのに、そんな事は常識では有りえないと思考停止をしているような状態です。」

「是正の動きは歓迎じゃな。ただ、思考停止はいかん。何のために考える力を与えてやったのか分かっていないのか? 考えてこそ人間だが、それでは人間放棄だな。その阿本村とかいうのは滅びてもしょうがないわな。」

「コモン様、どうにもならない村もありますが、一所懸命に努力している村もあります。もう少し先を見てから判断したら如何でしょう。」

「そうだな、それなら少し様子を見るか。どこかの村の役人が事ある毎に言う、”注意深く見守って行きたい”と言うやつじゃな。マー、儂の方は言葉だけでなくしかるべき時には最善の手を打つがな。ま、手を打たなくて、人間共が自滅していくのを見ているのもありだな。欲望と思考放棄の罰としてな。今度人間を作る時には、動物の様に繁殖の時期を限定させよう。さすれば地球が人間で溢れかえる事も無くなるだろう。弱い存在で淘汰され易いと思い、いつでも繁殖し易い様に作ったのが間違いだった。そして脳は欲望が芽生えぬよう設計しておこう。」

コモン様はそうおっしゃると、何事もなかった様にゆっくりと蓮池のほとりを歩き出したのでした。

終りです。この妄想は如何でしたでしょうか。ところで、登場人物にちょっとした遊びを入れて置きましたが、気付かれたでしょうか? まあ、つまらない遊びですが、済みません。

妄想恢恢、粗にしてお粗末

2021年3月5日 記

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。