地龍の剣18

   秘剣胎動の巻3

「龍之進様、元旦の朝になりましたよ。」

というお葉の声で目が覚めた。あの夢の後はぐっすりと眠っていたらしい。顔を洗って戻って来ると、囲炉裏端は朝餉の準備が出来ていた。龍之進と清兵衛の膳にはお神酒の入った猪口が置いてあった。清兵衛が

「明けましておめでとうございます。」

というと、皆も口々に唱和した。そして清兵衛が

「龍之進様、新年の特別なお神酒です。普段飲まないのは知っていますが、今日は特別な日なので飲みましょう。」

と勧めてくれた。龍之進も気持ちよく頷いて

「そうですね。それではこの一杯だけ頂きましょう。」

と言って、二人はお神酒を飲み干したのであった。龍之進が

「清兵衛さん、今年は二番目の子供が生まれて、良い年になりますね。」

と言うと、清兵衛は一寸恥ずかしそうに答えた。

「儂に元気が出たのも龍之進様のおかげかもしれません。龍之進様が来てからは、家中が元気を貰った様な気がしています。龍之進様にも良い年になってもらいたいものです。一刀斎様に認められる新しい剣が生まれれば、いや、生まれると信じていますよ。」

「そうですね。幾らか剣の形が見え始めているのですが。今年中には何とかなると思います。ところで墨と硯を貸して頂けますか。江戸の父へ手紙を書きたいのです。」

そう言って、龍之進は別室で手紙を書いた。去年ここへ来てから二か月くらい後に、手紙を出しただけであった。今回の手紙に、父には一刀斎先生と立会った事を書き、母と妹には山の暮し、特にイワナやマツタケの事など、また少しだけお葉の事なども書かれていた。

昼過ぎに、お葉の作ってくれた小さな鏡餅と切り餅を何枚か持って、龍之進は山小屋へ帰っていった。鏡餅を棚にお供えした後、稽古着に着替えて外で木刀の素振りを始めた。夢で見た地龍から吐かれた地を這う炎が、頭の中で燃えている。地を這う剣かと、下から上に伸びる太刀筋を何度か繰り返す。しかし木刀の速度は、振り下ろす速度より遅かった。

やっぱりだめだなと諦めればいいのだが、龍之進の性格として挑戦もしないで諦める事は出来なかった。それからは毎日、下から上に振り上げる太刀の稽古だった。刃が上を向くように持って、斜め前の下から斜め上に走る太刀や、真下から上に向けての突きなど、色々な形で朝から晩まで振り続けたのである。

ようやく納得する速さに達したのは桜も散る頃であった。でもそれで満足する龍之進ではなかった。次は片手で剣を振り始めたのだ。片手だと手が伸び、相手より遠い間合いからの攻撃が可能になるのだ。ただ片手で剣を自在に操ることは至難の業だった。更に猛稽古が続いた。目途が付いたのは涼しい秋風が吹き出した初秋であった。そしてそれに更に磨きをかける稽古を続けていた。

そんなある日、朝早く音吉とお葉が小屋を訪れた。

「龍之進様、お葉様が用があるそうです。」

と音吉が言うので、龍之進は首を傾げながら言った。

「お葉さん、用事は何でしょうか。見当つきませんが。」

「龍之進様、今日半日私とご一緒出来ないでしょうか。秘密の場所にお連れしたいと思います。」

今までこんな事は言われた事がないので龍之進は驚いたが、

「いいですよ。それではその秘密の場所に連れていって下さい。」

と微笑んでいった。音吉、お葉、龍之進は山を下り、今まで行った事のない別の山に入っていった。最初は針葉樹の薄暗い林が続いていたが、険しい斜面を登っていくと、松林の広がる明るい尾根に出た。

「龍之進様、秘密の場所に着きました。この尾根に沿って上がって行きます。」

とお葉は言うと、足元を見ながら登り始めた。しばらくしてお葉が、

「ありました! 龍之進様、ここへ来て下さい。」

と叫んだ。龍之進は慌ててお葉の元へ駆け寄った。お葉が地面を指さした。

「あ、キノコだ。あれ? マツタケ?」

龍之進は去年美味しく食べたマツタケを思い出していた。そこには笠を半分開いた大きなマツタケが五~六本生えていた。音吉が、

「お葉様が、今年はマツタケ取りを龍之進様に教えてあげよう、という事で此処に案内いたしました。マツタケの取り方はこうします。」

と言って、一本のマツタケの根元の土を少しずつ除けていった。マツタケの根元が見えた所で、その根元を掴んでそっと引き抜いた。笠の径三寸、長さ五寸の立派なマツタケであった。そして掘った土を元に戻し跡を残さないようにしたのだった。残りのマツタケを龍之進とお葉とで取った。龍之進は興奮していた。取ったマツタケの香りが強く、何度も香りを嗅いでいた。そんな龍之進の姿を、お葉は嬉しそうに見つめていた。

「今度は龍之進様が見つけて下さいな。」

「よし、私に任せて下さい。」

と龍之進は言うと、斜面の左右と上を丁寧に見ながら登り始めた。直ぐに、

「あった! 三本だ!」

と叫ぶとそこへ駆け寄って取り始めた。お葉も、

「こっちにもありましたよ。」

と嬉しそうにマツタケを取り始めた。音吉はそんな二人をやさしい目で見ていた。龍之進がまた探し始めたが、今度は中々見つからないようだ。音吉が

「龍之進様、ここに何本かありますよ。」

と地面を指さして言った。龍之進はそこへ駆けつけたが、枯松葉が薄く積もった地面が少しボコボコしているだけで、キノコの姿は見えない。

「音吉さん、ここにはキノコは生えていませんよ。」

と龍之進は不審そうに言った。そこへお葉が駆けつけてきて、

「ア! ある! 龍之進様、ありますよ。」

と言いながら、地面が少し盛り上がった所の薄い枯松葉を剥がした。するとまだ笠が開いていないマツタケが顔を出した。

「本当だ! ある!」

と言いながら、龍之進も盛り上がった所の枯松葉を、夢中でどかし始めたのであった。そんな具合にマツタケを三十~四十本取ったところで終わりにし、清兵衛の屋敷に向かった。

次回 地龍の剣19 に続く

前回 地龍の剣17

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。