秘剣胎動の巻3
「龍之進様、元旦の朝になりましたよ。」
というお葉の声で目が覚めた。あの夢の後はぐっすりと眠っていたらしい。顔を洗って戻って来ると、囲炉裏端は朝餉の準備が出来ていた。龍之進と清兵衛の膳にはお神酒の入った猪口が置いてあった。清兵衛が
「明けましておめでとうございます。」
というと、皆も口々に唱和した。そして清兵衛が
「龍之進様、新年の特別なお神酒です。普段飲まないのは知っていますが、今日は特別な日なので飲みましょう。」
と勧めてくれた。龍之進も気持ちよく頷いて
「そうですね。それではこの一杯だけ頂きましょう。」
と言って、二人はお神酒を飲み干したのであった。龍之進が
「清兵衛さん、今年は二番目の子供が生まれて、良い年になりますね。」
と言うと、清兵衛は一寸恥ずかしそうに答えた。
「儂に元気が出たのも龍之進様のおかげかもしれません。龍之進様が来てからは、家中が元気を貰った様な気がしています。龍之進様にも良い年になってもらいたいものです。一刀斎様に認められる新しい剣が生まれれば、いや、生まれると信じていますよ。」
「そうですね。幾らか剣の形が見え始めているのですが。今年中には何とかなると思います。ところで墨と硯を貸して頂けますか。江戸の父へ手紙を書きたいのです。」
そう言って、龍之進は別室で手紙を書いた。去年ここへ来てから二か月くらい後に、手紙を出しただけであった。今回の手紙に、父には一刀斎先生と立会った事を書き、母と妹には山の暮し、特にイワナやマツタケの事など、また少しだけお葉の事なども書かれていた。
昼過ぎに、お葉の作ってくれた小さな鏡餅と切り餅を何枚か持って、龍之進は山小屋へ帰っていった。鏡餅を棚にお供えした後、稽古着に着替えて外で木刀の素振りを始めた。夢で見た地龍から吐かれた地を這う炎が、頭の中で燃えている。地を這う剣かと、下から上に伸びる太刀筋を何度か繰り返す。しかし木刀の速度は、振り下ろす速度より遅かった。
やっぱりだめだなと諦めればいいのだが、龍之進の性格として挑戦もしないで諦める事は出来なかった。それからは毎日、下から上に振り上げる太刀の稽古だった。刃が上を向くように持って、斜め前の下から斜め上に走る太刀や、真下から上に向けての突きなど、色々な形で朝から晩まで振り続けたのである。
ようやく納得する速さに達したのは桜も散る頃であった。でもそれで満足する龍之進ではなかった。次は片手で剣を振り始めたのだ。片手だと手が伸び、相手より遠い間合いからの攻撃が可能になるのだ。ただ片手で剣を自在に操ることは至難の業だった。更に猛稽古が続いた。目途が付いたのは涼しい秋風が吹き出した初秋であった。そしてそれに更に磨きをかける稽古を続けていた。
そんなある日、朝早く音吉とお葉が小屋を訪れた。
「龍之進様、お葉様が用があるそうです。」
と音吉が言うので、龍之進は首を傾げながら言った。
「お葉さん、用事は何でしょうか。見当つきませんが。」
「龍之進様、今日半日私とご一緒出来ないでしょうか。秘密の場所にお連れしたいと思います。」
今までこんな事は言われた事がないので龍之進は驚いたが、
「いいですよ。それではその秘密の場所に連れていって下さい。」
と微笑んでいった。音吉、お葉、龍之進は山を下り、今まで行った事のない別の山に入っていった。最初は針葉樹の薄暗い林が続いていたが、険しい斜面を登っていくと、松林の広がる明るい尾根に出た。
「龍之進様、秘密の場所に着きました。この尾根に沿って上がって行きます。」
とお葉は言うと、足元を見ながら登り始めた。しばらくしてお葉が、
「ありました! 龍之進様、ここへ来て下さい。」
と叫んだ。龍之進は慌ててお葉の元へ駆け寄った。お葉が地面を指さした。
「あ、キノコだ。あれ? マツタケ?」
龍之進は去年美味しく食べたマツタケを思い出していた。そこには笠を半分開いた大きなマツタケが五~六本生えていた。音吉が、
「お葉様が、今年はマツタケ取りを龍之進様に教えてあげよう、という事で此処に案内いたしました。マツタケの取り方はこうします。」
と言って、一本のマツタケの根元の土を少しずつ除けていった。マツタケの根元が見えた所で、その根元を掴んでそっと引き抜いた。笠の径三寸、長さ五寸の立派なマツタケであった。そして掘った土を元に戻し跡を残さないようにしたのだった。残りのマツタケを龍之進とお葉とで取った。龍之進は興奮していた。取ったマツタケの香りが強く、何度も香りを嗅いでいた。そんな龍之進の姿を、お葉は嬉しそうに見つめていた。
「今度は龍之進様が見つけて下さいな。」
「よし、私に任せて下さい。」
と龍之進は言うと、斜面の左右と上を丁寧に見ながら登り始めた。直ぐに、
「あった! 三本だ!」
と叫ぶとそこへ駆け寄って取り始めた。お葉も、
「こっちにもありましたよ。」
と嬉しそうにマツタケを取り始めた。音吉はそんな二人をやさしい目で見ていた。龍之進がまた探し始めたが、今度は中々見つからないようだ。音吉が
「龍之進様、ここに何本かありますよ。」
と地面を指さして言った。龍之進はそこへ駆けつけたが、枯松葉が薄く積もった地面が少しボコボコしているだけで、キノコの姿は見えない。
「音吉さん、ここにはキノコは生えていませんよ。」
と龍之進は不審そうに言った。そこへお葉が駆けつけてきて、
「ア! ある! 龍之進様、ありますよ。」
と言いながら、地面が少し盛り上がった所の薄い枯松葉を剥がした。するとまだ笠が開いていないマツタケが顔を出した。
「本当だ! ある!」
と言いながら、龍之進も盛り上がった所の枯松葉を、夢中でどかし始めたのであった。そんな具合にマツタケを三十~四十本取ったところで終わりにし、清兵衛の屋敷に向かった。
次回 地龍の剣19 に続く
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