地龍の剣9

  強盗退治の巻4

「フウム、これは意外と恐ろしい剣だな。道場剣法になれている奴は勝てないだろう。」

と、佐倉は唸った。清兵衛は何か考え込んでいたが、改まった顔で言いだした。

「龍之進様、修行する山を探していると言われましたね。私に良い案があるのですが、聞いていただけますか?」

急に話が急所に入ったと思われ、龍之進は思わず頷いた。そこで清兵衛は話を始めたのだ。

「この氷川の北に本仁田山(ほにたやま)があります。多摩川を渡った南には鋸山があります。本仁田山には当家で所有している樵小屋がいくつかあります。そこを寝泊りの場所に使ったらどうでしょう。また山は木が鬱蒼と茂り、樵以外の人はまず入り込みません。それで修行を邪魔されることはありません。また鋸山は険しい岩場があり、本仁田山と合わせれば色々な剣の修行をすることが出来ると思われます。どうです、この氷川で修行しませんか。」

清兵衛からの思わぬ提案に、龍之進は一寸の間考え込んでいた。初めての場所に来て、どこが修行の場所に良いか、なんて分かるわけはないのだった。実を言うと、どうやって探したら良いのか、旅中ずっと考えていたのだった。それが急に助けの綱が下りて来たのだ。更に清兵衛は言葉を続けた。

「と言っても龍之進様には知らない場所なので、検討も出来ないと思います。そこで明日、下男に山を案内させますので、修行に適する場所かどうか見分してみたら如何でしょうか。」

龍之進には拒む理由は何もなかったし、逆に渡りに船であった。

「清兵衛さん、願ってもない事です。お手間を取らせますが、明日その山を見させて下さい。よろしくお願い致します。」

「任せて下さい。きっと気に入ると思います。ただ二つの山を見るのに一日かかります。帰りは夕方になりますので、明日の晩も泊まっていって下さい。」

「清兵衛さん、本当にご面倒をお掛け致します。でもそんなに甘えていいのかな。」

と呟く龍之進に、清兵衛はきっぱりと言った。

「龍之進様は、お葉の命の恩人です。いや、お葉の兄みたいな人ですよ。気になさらずしっかりと山を見てきて下さい。」

この一言で明日の丹波山村まで足を延ばす予定は中止になり、ここの氷川の山を見分する事になった。思わぬ展開に、希望の光が見えてきた龍之進であった。

「話が長くなりました。そろそろ夕餉にしましょう。」

清兵衛はそう言うと、大きな声で夕餉の支度をお菜実に命じた。

夕餉はご飯、焼いたヤマメ、タラの芽の天ぷら、菜の花のお浸しであった。龍之進に取っては、ヤマメやタラの芽は初めての食材であった。七寸ほどのヤマメの腹に山椒味噌を詰めて、遠火でじっくりと火を通した料理であった。食べると身は柔らかく、山椒味噌の味と香りが良い風味を醸し出していたのだ。龍之進はまだ酒を飲まないが、佐倉はこのヤマメを肴に酒を飲み始め、満足そうに呟いた。

「清兵衛、この酒とヤマメの取り合わせは最高のご馳走だな。」

また、タラの芽の天ぷらは茎が太いものを使っていた。そのため齧った時の歯ごたえが心地よく、尚且つ春の若芽の香りが素晴らしく、これも絶品であった。三人の会話が弾む夕餉は夜遅くまで続いていた。こうして旅の三日目の夜は更けていった。

  氷川の山 見分の巻1

耳に谷川のせせらぎの音が響いている。ここは何処だろう? 龍之進は覚醒しない頭でせせらぎの音を聞いていたが、急に昨日の一日の動きが脳裏に浮かんできたのだった。あ、今日は修行の山を見分する日だと思い出すと、素早く寝床から飛び起きた。軽い朝餉を皆と一緒に囲炉裏端で済ませ、山行きの支度をした。支度といっても木刀と昼のおにぎり、水の入った竹筒を持っていくだけで、大小の刀は置いていく事にした。佐吉も小屋の場所を覚えるために同行することになった。名主の清兵衛は二十歳くらいの若者を呼んだ。

「龍之進様、この男が案内役の下男の音吉です。音吉は小さい頃からこの辺りの山を駆け巡っていますから、案内には打って付けです。」

「龍之進様、音吉といいます。ここらの山は庭みたいなものです。きっとお役に立てると思います。」

音吉の爽やかな声音と物おじしない様子に、龍之進は親しみを覚え、微笑みかけて言った。

「音吉さん、今日は山の案内、よろしくお願い致します。」

その時、役人の佐倉八郎が名残惜しそうに、

「龍之進殿、今日はこれでお別れだが、またいつか会うこともあろう。必殺の剣を編み出すことを祈っている。それでは達者でな。」

と言って、縄を掛けた盗賊の井内平四郎を連れて、一足先に名主の屋敷を立った。龍之進もその後すぐに、

「清兵衛さん、それでは山に行って来ます。」

と言って、佐吉と音吉を連れて屋敷を出発した。しばらくは日原川(にっぱらがわ)沿いを北に遡り、右に折れ丸太の橋を渡った。そして支流の安寺沢に沿って上っていくと、乳房観音という小さな祠があった。その右脇には銀杏の大樹があり、幹には乳房状の乳根がいくつも垂れ下がっていた。音吉は、この乳房観音は母乳がよく出るように願掛けする観音様だ、と説明してくれた。その後観音様の右手の斜面を尾根に向かって登り始めた。杉林の中の急な杣道であった。

次回 地龍の剣10 に続く

前回 地龍の剣8

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。