峰山家の秘密の巻2
「親分、薪町の峰山様のご子息をお連れしました。」
佐吉が家の奥に向かって声を掛けた。
「オー、来られましたか。今行きますで。」
と声がして、中肉中背の男が出てきて上り框に正座した。龍之進はその顔を見て、別に鬼のような怖い顔ではない、丸顔で寧ろ愛嬌のある顔だなと思った。
「勇五郎親分ですね。私は峰山龍之進と申します。以後ご面倒をお掛けする事もあると思いますが、よろしくお願い致します。」
「丁寧なご挨拶、痛み入ります。私が目明しの勇五郎です。清之進様とは二十年来のお付合いで、色々とお世話になっております。龍之進様、何時でも力になりますので、どんな事でもお申し付けください。」
「その時は御助勢よろしくお願い致します。ところで親分、鬼の親分と呼ばれているようですが、どう見ても人の好さそうな親分に見えますね。」
「ハハハ! 龍之進様は単刀直入に言いますね。確かに鬼の勇五郎と言われています。マア、それは悪党をやっつける時だけですよ。私の顔は二つあるのでしょうね。普通の人には左の顔を見せて、悪人には右の顔を見せるのですよ。アハハハ!」
「親分は中々面白い人ですね。でも悪人にとっては会いたくない人でしょうね。」
と龍之進が言うと、全員大笑いとなったのだった。
勇五郎親分の家を出た後、次に向かう所は京橋紺屋町の目明し吉蔵親分だと佐吉が言って、更に説明を加えた。
「この親分は恐ろしい顔をしていて、体も大きな人なのですがね。実は仏の吉蔵と呼ばれている親分なのですよ。」
日本橋の通りを南に向かいながら、龍之進は佐吉に質問した。
「仏とは悪人をお陀仏にする事ではないですよね、佐吉。」
「そうです、龍之進様。普通、悪人は悪事を中々白状しないのですが、この吉蔵親分にかかると、知らぬ間に白状してしまうそうです。どういう訳か悪人から見れば、吉蔵親分が仏様の様に思えるそうで、改心して悪事を吐いてしまう様です。」
「ホウ、そういう人が居るのですね。会うのが楽しみになってきました。」
おしゃべりをしながら日本橋そして紅葉川に架かる中橋を渡った。更に次の京橋を渡った所で右に折れ、外堀に突き当たった左にある紺屋町の吉蔵親分の家に着いた。佐吉が、御免なさいよ、と言いながら中に入った。
「誰だーい?」
「佐吉です。峰山様の。」
すると五十前後の大男がノソッと出てきた。口や鼻も大きくゴツゴツした顔だったが、目元はすっきりした男だった。
「吉蔵親分、峰山様のご子息をお連れしました。」
という佐吉の言葉に、吉蔵は慌てて裾を直しながら上り框に正座した。
「吉蔵親分さん、お初にお目にかかります。私は峰山龍之進と申します。父の仕事の手伝いをするようになりましたので、ご協力よろしくお願い致します。」
「ご丁寧な挨拶有難うござんす。私がこの界隈の目明しをやっている吉蔵です。ウーン、竜太郎坊ちゃんがこんなに大きくなられたのですね。立派に成られましたね。」
「エ? 親分は私を知っているのですか?」
「知っていますとも。十年近く前の事です。仕事で峰山様のお屋敷に行った時、まだ小さかった竜太郎坊ちゃんが、庭で木刀を必死に振っているのを見かけましたよ。」
「そうでしたか。気付きませんでした。今なら稽古でも、周りの状況を頭に入れながら木刀を振るのですが、あの頃はまだ自分の振る木刀しか目に入っていませんでした。未熟者でした。」
「イヤイヤ、小さい時にそこまでは無理でしょうけれど。しかしあの木刀を振る姿は一心不乱で、小さいながら他人を圧倒する感じでしたよ。ところで今の剣術の腕前は凄いものがあると見えますが、如何ですかな。」
「父には一応合格を頂いています。」
「やはりそうでしたか。峰山様に認められた腕前は大したものだと思います。龍之進様の活躍をそのうちに見られる事を楽しみにしています。」
「エーと、親分、本当は活躍する場がない方が良いのですが。」
「オット、いけねえ。本当にそうだ。悪党はいない方が良い。」
と吉蔵の慌て振りの返答に、皆大笑いになった。その後、龍之進が疑問に思っている事を吉蔵に尋ねた。
「ところで親分、仏の親分と呼ばれているそうですが如何してですか。失礼な言い方かもしれませんが、見た目はどちらかというと鬼の親分という感じなのですが。」
吉蔵は龍之進の率直な言い方が気に入った。
「ワッハッハッハ、鬼の吉蔵か。それも悪くはないですな。でも鬼の勇五郎と鬼の吉蔵と鬼が二人いたら、悪党共も救われんでしょうな。」
と、ここでも又皆大笑いだ。吉蔵は続けた。
「冗談はさて置いてと。確かに体はでかいし顔もごつい。しかし悪党を捕まえた後、尋問して白状させるのではなく、奴の生立ちや境遇を聞いてやるのです。面白くて盗みをする奴はほとんどいません。生きていく金がなく、止むを得ず盗みを働くようになってしまうのです。その気持ちを分かってやりませんと白状もしませんし、悔い改める事もありません。マー、有り体に言えば昔の自分がそうでしたから。そして心底悔いた奴は、奉行所の同心様にお願いして、処罰を減じてもらうよう働きかけております。また刑期を終えて出てきた者を、あっしが影日向となり援助しているのです。それを奉行所も知っているので、減刑に応じてくれていると思っています。そんなんで悪党にとってはあっしは仏なんでしょうね。」
初めて聞く意外と深い仏の由来の話に皆は驚き、龍之進は心底感心して言った。
「仏の親分の由来、深く納得しました。中々そこまでは出来ない事ですね。」
次回 地龍の剣25 に続く
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