地龍の剣49

   偽小判現るの巻1

ところで話は戻るが、辰巳屋の押し込み強盗があった翌日の朝の事だ。千住大橋近くの本木村の例の一軒家の庭に、押し込みの悪党共が集まっていた。首領の笹山右京と手下八人は、辰巳屋から盗んだ千両箱を、舟でここまで運んでいたのだ。暫くして大黒屋が舟でやってきて、盗んだ二千四百両を確認していた。偽小判作りの頭の利平が、偽小判四十両を大黒屋に渡した。大黒屋は強盗一味を集めて、

「皆さん、ご苦労様でした。当面の手当てを二両ずつ渡します。」

そう言って偽小判を渡したのであった。しかし右京以外の盗賊一味はそれを偽小判とは思ってもいなかった。その後大黒屋は笹山右京を呼んで、こっそりと二十両渡した。

「笹山様、有難うございました。大金が入ったので当分は何もしなくて結構です。出所が分からないように小判をお使いください。」

「頂戴しておく。といっても偽小判だがな。」

右京は小判をチラッと見たが、、本物と区別はつかなかった。皆から遠ざかった所で右京は呟いた。

「これでまた吉原で居候が出来るな。」

知らぬ間に笑みがこぼれる右京であった。吉原の半籬(はんまがき)の増田屋の遊女夕菅の顔が、懐かしく思い出されていたのだった。しばらくして右京と盗賊一味は偽小判を懐に抱いて、舟で江戸に帰って行った。その遠ざかり行く舟を見ながら大黒屋は一人呟いた。

「いよいよ偽小判が江戸の町に散撒かれる時が来たな。御前様は頭の良いお方だ。盗んだ小判を改鋳して二割増やし、その偽小判で江戸幕府の信用を落とし、更に…おっと、それ以上は言わぬが花よ。あの計画が成功した暁には、儂は両替商を独占して大金持ちよ。フッフッフ。」

それから数日程経った宵の口、吉原の増田屋に笹山右京が現れた。半籬を覗くと手前には四~五人の遊女がいて、盛んに呼びかけてくる。それを無視して部屋の隅を覗くと、夕菅が一人ポツンと座っていた。夕菅に客が付いていなくて良かったと右京はホッとして、ゆっくりと玄関を入り夕菅を指名した。夕菅は部屋持ちの遊女ではなかったが、右京は金を余計に払って小部屋を取る様にしていた。そうでないと大部屋で、割床という衝立で仕切られた場所になって、ゆっくりと出来ないのであった。床に入るのはもちろん楽しみだったが、どちらかと言うと、夕菅を相手にゆっくりと酒を飲んでいる事が、右京の一番の安らぎになっていた。この仕事を終えた時入る纏まった金で、夕菅を身請けしようと密かに考えていたのだった。

小部屋で一杯飲みながら待っていると、夕菅が静かに現れた。他の遊女と違って少し陰のある性格であった。そのため客の付きは悪く、増田屋は右京が夕菅を指名してくれるのを喜んでいた。夕菅も右京が良かった。客相手に愛想を振り撒く必要は無く、右京はそのままの自分を受け入れてくれたのだ。そして右京は夕菅と一緒に言葉少なに飲んでいる時が心地よかった。荒んだ心が癒されていく一時だった。居心地が良くて此処に三日間居座った。幕府では遊郭での居座りは禁じていたが、右京が金を多く払ってくれる事で、増田屋は目をつぶっていたのだ。右京は帰り際に、夕菅に二両をそっと懐に入れてやったのだった。

南町奉行所の定廻同心、山岸左門は密かに笹山と言う男を探していた。目明し勇五郎によって人相書きは出来たが、秘密の探索の為まだわずかな人間にしか配っていなかった。鬼の勇五郎と仏の吉蔵も協力して探索していたが、全く手掛かりが無かった。そんな折、吉原の甚右衛門から龍之進の所に、相談があるからお越し願いたいと知らせが届いた。吉原で何か問題が起こったらしい。龍之進は急いで吉原の西田屋に駆け付けた。

「龍之進殿、早速のお越し、かたじけない。実は吉原の中でこんな小判が使われたのだが。」

そう言うと、甚右衛門は懐から一枚の小判を取り出し、龍之進の前に置いた。龍之進はそれを手に取り子細に見ていた。

「甚右衛門様、如何という事も無い小判だと思いますが、何かおかしいのですか。」

「確かにそれを見ても怪しい所は分かりません。ですがこの西田屋の番頭が言うに、少し手触りが違う、少し硬いと言うのですよ。儂にも分からないが、毎日金を扱っている人間が言う事ですから、何か違うかもしれません。」

「もしそれが偽小判なら事は重大です。お借りして金座で調べてみたいと思いますが、如何でしょう。」

「是非お願い致します。もし偽物なら、早く手を打たないと大変な事になりますからな。」

屋敷に帰った龍之進は早速父に報告した。甚右衛門から預かった小判を見せると

「フムー、この小判が偽物かどうか、やはり素人では判断がつかぬな。それではこれから金座に行くとしよう。多分御用札が必要となろうな。」

清之進は仏壇から御用札を取り出し、龍之進と共に金座に向かった。屋敷を出て西に八町ほど行くと、常盤橋手前の本町一丁目にある金座に着いた。入口の門で将軍家光様の御用札を見せると、直ぐに奥の客間に通された。まだ若い二代目後藤正三郎が慌てて姿を現した。峰山清之進が挨拶をし、龍之進が来訪の目的を細かく話をした。そしてその小判を見せると、庄三郎は刻印やゴザ目を調べ、小判を叩いて音を聞いていた。

「峰山様、確かに良く出来た小判ですが偽物でしょう。私より詳しい小判師を呼んで確認させましょう。」

庄三郎は手を叩いて控えの者を呼び、小判師の藤次を呼ぶように言った。

次回 地龍の剣50 に続く

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。