地龍の剣50

   偽小判現るの巻2

しばらくして小判師の藤次が現れた。四十くらいの精悍な男で、小判を受け取ると外観はチラッと見ただけで、後は小判を噛んだり、少し曲げたりした。

「庄三郎様、やはりこれは偽物です。外観は良く出来ていますが、本物に比べて少々硬いですな。金の純度を落としてあります。」

「やはりそうか。峰山様、お聞きの通りです。ところで藤次、どの位金の純度を落としてあるか分かるか。」

「そうですね、概ね二割というところでしょうか。」

「峰山様、この小判をお預かりして、実際の金の純度を調べてみたいのですが如何でしょうか。」

「後藤殿、それは是非お願いしたい。奉行所も捜査するにははっきりとした根拠が要るでな。結果は何時頃に分かりますかな。」

「明後日には分かると思います。藤次、明日中には金銀吹分け出来るな。」

「ちーとばかし面倒ですが、何とかやってみましょう。」

小判を預けた二人は金座を辞去した。帰りの道すがら二人は黙って歩いていた。押し込み強盗の探索に加え、偽小判も探索しなければならない事が二人の気を重くしていた。一日置いて再度二人は金座に出掛けた。庄三郎と小判師の藤次が、小判の分析の結果を説明した。

「峰山様、偽小判の金の含有量は約七割でした。口外無用なのですが、正規の小判の金の純度は八割五分あります。藤次、正規の小判からこの偽小判はどの位出来るのだ?」

「そうですね、凡そですが千枚の小判から千二百枚の偽小判が出来ます。作っている奴は大儲けでしょうな。尚この偽小判は良く出来ています。刻印も綺麗ですが色揚げが良いですね。かなり腕のある職人が作っていると思います。素人では偽小判とは分からないでしょうな。」

分かってはいたが、悪い結果を聞いて頭が痛くなった峰山親子は金座を後にした。しかし屋敷には向かわず、一石橋を渡りお堀沿いに南下した。鍛治屋橋を渡り南町奉行所に入っていったのだ。山岸同心は外回りで留守であったが、奉行の島田利正は書類と格闘していた。奥に通された二人は挨拶もそこそこに早速偽小判の話を始めた。奉行は押し込み強盗の話かと思っていたのだが、偽小判の話に驚き深刻な表情になっていった。二人の話が終わると、奉行はしばらく上を向いて考えていた。

「峰山殿、これは忌々しき事態になったな。押し込み強盗に加え、偽小判と言う幕府の根幹を揺るがしかねない事態は、何としても早急に解決せねばなるまい。しかしこの二つの大事件を探索するには、手が足りぬと思うが如何したらよいものか。」

奉行の言葉の後、三人はそれぞれ黙って考えを巡らせていた。その長い沈黙を破って龍之進が口を開いた。

「お奉行様、父上、ひょいと思いついたのですが、この二つの事件には共通する事があります。」

その言葉に二人は不意を突かれて龍之進を見た。二人とも最初から全く別の事件として考えていたのだ。龍之進は更に言葉を続けた。

「それは小判です。片や小判が盗まれる。もう一方は偽小判が出てくる。何か繋がっている気がしませんか。例えば偽小判を作るために小判を盗む組織があるとすれば、二つの事件は同じ根っこを持つ事件になります。」

「ウムムムムー、そう考えれば確かに同じ事件かもしれんが? しかしそれでは動機がはっきりしないではないか。片や盗みで盗んだ金は総てが儲けだ。一方偽金は手間暇かけて二割が儲けだ。そんな割の合わん事を盗賊がするかな?」

奉行が自問自答するように呟いた。それに対して龍之進が答えた。

「確かに盗賊から見ればそんな面倒な事はしないでしょうね。でも盗賊と別に偽金作りをする組織が有り、その二つの組織を束ねる首領がいたら如何でしょう。強盗は資金を作り、それを使って偽金を作る。そしてそれを流通させる事により混乱を起こし、幕府の御威光を地に落とす。もし私が首領ならこれだけでなく、その金を使って大事件を引き起こす事を考えますが、如何でしょう。」

奉行は絶句してしばらく考え込んでしまった。

「もしそうだとするとこの事件は大変な事になる。首領は町人ではない。大名か幕閣の誰かが関係している事になる。この事を考えれば極秘に調べる必要がある。容易ならぬ事態になってきたかも知れぬな。吉原で偽小判を使った客が分かれば良いのだが。」

「お奉行様、もし分からなければ吉原の全ての妓楼に偽小判があるか調べてみます。偽小判が有ればその妓楼に来た客の誰かという事になり、探索の対象が絞られてきます。」

龍之進はそう答えながら、金座にもう一度厄介を掛けてしまうなと考えていた。

その日の夕方、江戸橋横の料理屋藤野屋では離れに例の三人の客が来ていた。

「御前様、これが作った偽小判です。」

大黒屋が懐から紙に包んだ四両の小判を御前に差し出した。御前は小判の裏表を子細に眺め、掌で重みの感触を計りながら答えた。

「大黒屋、これは良く出来ているな。本物と見分けが付かん。何両出来たのだ?」

「最初に盗んだ千両から千二百両出来ました。盗賊に駄賃を払って、今手元には千と百六十両あります。そして二回目の盗んだ二千四百両は偽小判に作り替えている最中です。」

「そうか、これで計画の第二弾はもう直ぐ終わり、いよいよ第三段の木島屋の出番だな。」

「やっと私の出番になりましたな。早速その偽小判で材木を買いつけます。今、別の材木置き場を店から遠い場所に作ったところです。そこに今店にある材木を運び、更にこれから買い付ける材木を置く予定です。」

「木島屋さん、そうしておいて材木町に火を付けるという事ですね。材木の相場は二~三倍に跳ね上がりますな。私の偽金作りより楽に大儲けですな。」

「大黒屋さん、楽ではありませんよ。私の店も一緒に燃えるのですからね。だがそれで私が火を付けたとは誰も思わんでしょうな。」

「木島屋、大黒屋、そんな事は如何でもいい些細な事だ。事の成就の暁には目の玉が飛び出る程の金が入ってくるでな。」

「その折には御前様にたっぷりの礼金をお届けいたしますよ。」

「ウフフフフ、楽しみよのう。ワッハハハハ!」

三人は一刻ほど酒と話を楽しみ、上機嫌で帰って行ったのだった。

次回 地龍の剣51 に続く

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。