地龍の剣48

   押し込み強盗の巻4

南町奉行所に帰った定廻同心の山岸左門は、奉行の島田利正に辰巳屋の押し込み強盗の件を報告した。聞き終わった奉行はしばらく考えていたが、

「山岸、何か気付く事はないか。」

「お奉行、今のところは盗賊の首領が笹山という事だけで、別に……」

考え込む山岸の顔が見る間に赤くなっていく。

「お奉行! もしや、ひょっとして? 龍神組の親分の源之丞は笹山と名乗りましたよね?」

「そうよ、その事だ、山岸。道灌山で確かにそう名乗ったな。笹山という苗字はそうは無いだろう。恐らく源之丞の身内であろう。水神組は滅びたが、今度は身内が押し込みを働いているとみてもよさそうだな。」

「お奉行、水神組のあった浅草を少し調べてみます。源之丞に本当に身内がいたのかどうか分かりませんが、鬼の勇五郎に調べさせます。」

「あと一つ調べる手はあるが時間が掛かる。島送りにした子分共が知っているかもしれぬが、島に行って調べて帰って来るのに二カ月は掛かるだろう。そんなノンビリはしておれぬからな。」

その日の午後、目明しの勇五郎は奉行所に呼び出され、源之丞の身内の探索を仰せつかった。次の日から浅草で勇五郎の探索は始まった。水神組に一番関わりがあったのが、水神組で働いていた船頭や水夫だ。上手い事にそのほとんどの船頭や水夫は、そのまま日本橋水運で働いていた。しかし皆、船で仕事に出ているので、全員訊き終わるのに三日も掛かってしまった。だが訊き取りの結果は何も出なかった。水神組では用心棒の浪人の出入りが激しく、誰もそれに注意を向ける者はいなかったのだった。途方に暮れた勇五郎は、水神組の周りの家々を訊ね歩く事にした。でも水神組の親分の身内を知るはずもなく、足取りが重くなるばかりであった。

家々を訊き廻り終えた夕方、失意で疲れた勇五郎の目の前に小さな一軒の煮売り酒屋があった。こんな時は一杯飲んで元気を取り戻すかと、暖簾を潜って中に入っていった。店の親父に酒を頼むと、小エビの甘醤油煮のおつまみと温かい燗酒が出てきた。勇五郎は大き目のお猪口で二~三杯立て続けに飲んで、少し気が落ち着いてきたのだった。さて次の探索は如何しようかと考えていた時だった。そういえばこの煮売り酒屋には、まだ話は訊いていなかったなと気付いたのだ。

「親父、儂は神田大工町の目明し勇五郎だ。ちょっと尋ねるが、此処に水神組と関係ありそうな者が来たことはあるかな? 水神組は壊滅したので今更どうのこうのと言う事ではないが、何かあったら教えてくれないか。」

「親分さん、そういえば一か月ほど前に旅の侍というか浪人が来て、水神組は何処に行ったと訊いてきただよ。」

「オー、多分それだ。親父、よく覚えていたな。それでどうした?」

「親分が切り殺されて水神組は潰れただと話したら、その浪人の顔色が変わってな。誰に切られたのだと訊くので知らねえと答えると、兄が切られたのか、仇は打つと呟きながら出て行っただよ。」

「親父、よくやった。この事は誰にもしゃべるんじゃねえぜ。お代は此処に置く。釣りは要らねえよ。」

勇五郎は豆板銀を台の上に置くと外に飛び出した。親父はその豆板銀を見てホクホク顔になったのだ。それもそのはずだ。普通なら永楽銭か、下手をすれば鐚銭を置いていかれるところなのだ。一方勇五郎は奉行所へ走りながら、探索の大成功に心が躍っていた。探索は数多くやったが、こんなに上手く当たる事はそう多くはなかったのだ。息を切らしながら勇五郎は、奉行所が閉まる暮れ六つ間際に駆け込んだ。

山岸同心は丁度外回りから帰って来たところで、奉行はまだ仕事をしていた。勇五郎が入口の小部屋に通されると、直ぐに二人が入ってきた。勇五郎は、笹山と言う男は水神組の源之丞の弟だと、探索の結果を報告した。奉行と山岸は、やはりそうだったのかと頷いた。奉行はしばらく考えていたが決断した。

「この件について奉行所だけで動いていいものか? 仇討ちも笹山源之丞の弟の狙いとするなら、峰山殿にこの事を伝えておいた方が良かろう。山岸、明日峰山殿にこの事を伝えてくれ。そして勇五郎、酒屋の親父に当たって笹山の人相書きを作れ。ただし人相書きは市中に貼るな。奉行所と関係者だけに配る。笹山に用心させてはならぬからな。」

次の朝、山岸同心は峰山家を訪れた。客間に通された山岸は峰山親子に昨日の話をした。龍之進は数日前に一刀斎の道場から帰って来たところだった。そして早くも事件に巻き込まれる運命が待っていたのだった。このところ江戸を騒がせている押し込み強盗の首領が、龍之進に切られた源之丞の弟だと聞かされて二人は驚いた。そしてその弟が兄の仇を打つと言っていたという事を聞かされたが、武士がそう思うのは仕方がないなと思う二人であった。ただ仇の相手が誰だか分からない様だという事には少し安心したが、いつか決着をつける時が来ると龍之進は感じていたのだった。その後押し込みの手口や殺された人達の傷口の様子を聞き、半刻程三人は話をしていた。

次回 地龍の剣49 に続く

前回 地龍の剣47

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。