地龍の剣44

   辻斬りの巻2

丁度その頃、京橋紺屋町の仏の吉蔵親分の所に辻斬りの一報が入っていた。直ぐに吉蔵は手下の仁吉を連れて、中橋近くの現場に急行した。仏の周りには十人程の町人が取り囲んでいたが、それを退けて調べ始めた。持って来た提灯の明かりで顔を見たが、見覚えはなかった。手下の仁吉が見物の町人達に訊いたが、仏を知る者はいなかった。右首の前から後ろに三寸程の深さでスパッと切られ、辺りの地面はまだ土に沁み込み切らない大量の血が残っていた。また仏の懐を探ったが、財布は持っていなかった。

仏の横の川端には材木が高く積まれていた。様子を見ていた吉蔵の頭の中には、一つの場面が浮かんでいた。腕の立つ浪人が材木の陰に隠れ、歩いてきた町人の前に立ち塞がる。驚いた町人が、後ろに逃げようとして体の向きを変え始めた時、真横からの鋭い斬撃が首を切ったのだ。そんな事を考えていた時、他の手下に呼びに行かせた北町奉行所の同心佐々兵衛がやってきた。佐々は首の傷跡を子細に見ていたが、立ち上がって吉蔵に行った。

「吉蔵、この下手人は相当腕が立つな。立っている人間の首を、真横に一直線に切れるものではない。余程の手練れだ。この下手人に会っても手を出すことは気を付けた方がいい。仏は一晩番屋に預けておけ。そのうちに身内のものが行方不明の届けを出してくるだろう。」

佐々はそう言い残して帰って行った。吉蔵は仏を運ぶ戸板を仁吉に探させた。そして見物の町人の手を借りて、仏を近くの番屋に運び込んだ。亥の刻(午後十時)近く、吉蔵の家に呉服の三河屋の手代が訪れた。番頭の六助が、掛け取りに出たまま帰らないというのだ。吉蔵はピンと来て、仏が安置されている番屋に手代を連れていった。蓆をめくって仏の顔を見た手代は叫んだ。

「アッ?! 番頭さん! ど、如何してこんな事に?」

「手代さん、三河屋の番頭の六助さんに間違いないんだね。」

と吉蔵は念を押した。そして翌日の調べで、八両の回収代金が無くなっている事が判明したのだった。また目撃者を探し始めたが、辻斬りの顔を見た者は居らず捜査は直ぐ行き詰った。食い詰め者の浪人なら八両あれば当分辻斬りには出ないな、と吉蔵は思った。しかし吉原など遊郭に遊びに行けば直ぐに金は無くなるのだ。いつ辻斬りが再開するかと吉蔵は用心していた。

その数日後の夕方、日本橋川の江戸橋近くの小網町にある料理屋藤野屋に、三人の客が集まった。三人の正体は、材木問屋木島屋の木兵衛、両替商大黒屋の金衛門、そして御前様と呼ばれる初老の侍であった。三人は離れの部屋で静かに酒を飲んでいた。女将のお藤には、誰も近づかないよう念を押してあった。

「ところで大黒屋、小判を作る用意は出来たか?」

「はい、御前様。浅草川の川向こうに作業場を作り、鋳込みの職人や打刻の職人などを数名ずつ雇ってあります。」

「その者達の口は堅いのだろうな?」

「はい。家族が病気持ちなどで金が必要な人間を、金座や銀座から大金でこっそり引き抜いてあります。それと年取って辞めた職人もいます、が腕は確かです。ところで御前様、偽小判を作る材料の銀は少量なので商売上手当て出来ますが、小判は如何しましょう。」

「ウム、その事よ。儂の所から出す心算であったが、どうも藩に余裕がないのだ。数百両では如何にもならないな。この際、大店から無断で頂いてくるしかあるまい。」

「私もそう思いまして、錠前破りの伸吉他、七~八名ほどの無頼漢と浪人を待機させております。ただ荒くれどもを統率するには、腕の立つ浪人が必要なのですが、これがなかなか見つかりません。」

「大黒屋、手回しが良いのう。しかし儂の配下の侍を付けるわけにもいくまい。」

それまで黙って聞いていた木島屋が口を挟んだ。

「数日前、この近くの中橋で辻斬りがあったそうな。番頭の首が横一文字にスパッと切られていたそうです。奉行所では、かなり腕の立つ浪人の仕業だと言っています。多分辻斬りは一回で終わらないでしょう。金が無くなれば又やるしかない。それゆえ辻斬りに出会えば、金の力でこちらに取り込むことは出来るかと思いますが。」

「フム、それは良いかもしれぬ。大黒屋、明日から辻斬りの出そうな所を歩いてみよ。うまくいけば、魚が掛かるかもしれぬ。それとも怖いかな?」

「御前様、怖くはありません。そんな事で腕の立つ浪人が手に入れば有難い事です。明日から、夜のそぞろ歩きでも始めますかな。」

不気味な話は一刻ほど続いていたのだった。

さて小金原の一刀斎の酔夢庵では、龍之進が来て十日程経った日に、一人の浪人が訪れていた。一刀斎に試合を申し入れたのだ。浪人が一刀斎を倒したならば、仕官の道は大きく開かれるのだ。普通の道場破りは、弱い道場主から金を巻き上げるのが目的なのだ。が、此処に来る道場破りは、一刀斎を倒す事が目的であった。たまにある事なので、一刀斎は普段と変わらず対応した。内川という浪人が、道場に入って挨拶するまでの挙動をじっと見ていたが、西島しか対応が出来ないなと一刀斎は見ていた。龍之進の見立ても同じであった。

「内川殿、先ずは弟子の西島と立合って下され。勝てば次は龍之進殿にお願い致す。」

龍之進は一刀斎を見て頷いた。内川と西島は竹刀を持って相対した。西島は闘志満々だが、内川の顔には闘志は見られない。内川は西島の腕前を見抜いていた。西島はサッと踏み込みながら、正眼から大上段に振りかぶり、面を打つぞと振り下ろす。が、これは誘いで狙いは小手であった。しかし内川は瞬時にそれを読んだ。小手に来るところを外しながら、西島の空いた胴をピシッと打った。

「一本。次、龍之進殿お願い申す。」

道場に一刀斎の声が響いた。

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。