地龍の剣57

   大陰謀の巻4

「門といっても大納言様の上屋敷なのか下屋敷なのかは分かりませんが、屋敷の門前で中に入れぬよう大八車を止めさせます。多分御前は一万両の小判の到着を待っていますから、門前の騒ぎに気付いて其処に顔を出すでしょう。そこで偽小判や火付けの件を暴露し木島屋を捕らえます。すると御前は計画がばれた事を悟るでしょう。多分切腹になる御前は破れかぶれになって風魔を呼び、最後の計画を実行するように命ずるのではないかと思います。」

龍之進は話を少し区切り、皆の顔を見ながら更に話を続けた。

「もっとも命ぜられなくても風魔は上様暗殺を決行すると思います。そして余り日を置かずして江戸城に風魔が現れるでしょう。だから一万両を押さえた後上様の警護を厳重にして、襲撃に来た風魔を殲滅すれば良いかと考えます。尚、一万両押さえた後直ぐに大黒屋も捕らえて、偽小判作りの場所を吐かせて其処を制圧するのが肝要かと思います。」

龍之進の長い説明が終わった。皆は思い思いに上を向いたり目を閉じたりして考えに耽っていた。しばらくして最初に奉行が口を開いた。

「龍之進殿の言う筋書きを儂なりに追ってみたが、なかなか面白いというか風魔が必ず網の中に入りそうな案だな。」

「お奉行、確かに私もそう思います。特に門前での件は面白くなるというか、陰謀が暴かれた時の御前と木島屋の驚愕の顔が目に浮かびますな。」

「龍之進の考えの中に幾つかの推測があるが、これが外れると少々厄介な事になるかもしれん。しかしこの推測は一番可能性がありそうで、これに賭けるしかないと思う。」

清之進はそう言いながら、息子の龍之進の鋭い分析力や推理力に感心していたのだった。その後その筋書きに従って細かい手配などの打合せを行ったのであった。

次の日の午後、江戸城本丸中奥の御休息之間では、将軍家光が南町奉行島田利正及び峰山清之進とその息子龍之進に会っていた。奉行と峰山の説明する大黒屋、木島屋それに御前と呼ばれる男の悪巧みの話に、家光は前のめりになって聞いていた。しかし最後に、お命頂戴に風魔が襲撃に来るという話には仰天したのだった。

「風魔がまだ生きていたとは。家康様も手抜かりをしたことよ。でも大した事では無い。当面警備を厳重にさせよう。」

それを聞いた奉行は慌てて言った。

「上様、それでは困ります。この度は風魔を本当に殲滅させねばなりません。普段通りにして風魔を誘き出す事が肝要かと存じます。そのために上様の警護はこの峰山親子が影となって行います。」

「それで大丈夫か? 峰山清之進の腕前は分かっているが、まだ若い龍之進の腕前は大丈夫なのか?」

「上様、息子の龍之進は一年半青梅の山奥で修行し、伊東一刀斎先生のご教示も受けております。腕前は私が保証致します。」

「何? 一刀斎が教えたのか。それは面白い。儂の剣術の指南役の小野忠常も一刀斎の弟子小野忠明の子だ。」

家光はそう言うと手を叩いて近習の者を呼び、小野忠常に直ぐ此処に来るよう伝えた。程無くして忠常が現れた。

「上様、御用は何で御座いましょう。」

「忠常、そこに座っている若い侍は峰山龍之進と言ってな、青梅の山奥で修行し、そこで一刀斎と出会って指導を受けたそうだ。儂はその龍之進の腕前を知りたいのだ。忠常、龍之進と立合ってみよ。」

忠常も龍之進もこの突然の立合い命令に驚いた。しかし剣術をやる者にとっては、立合いは当たり前の事だった。二人は前の庭に出て立会いの準備をした。近習が木刀を二人に渡した。家光、奉行、清之進は縁側の廊下に出て座った。家光は剣術が好きでかなりの腕前であった。そのためこの試合はどうなるかと楽しみだった。忠常は襷を掛け鉢巻をしたが、龍之進は普段通りのままの姿だ。二人は家光にお辞儀をしてから向き合い、木刀を静かに構えた。忠常は王道の正眼に構え、龍之進は木刀を斜め下に地龍の構えを取った。

しばらく静かな対峙が続くが、忠常は打ち込めないでいた。龍之進の構えは隙が無いというより、この場所に溶け込んで庭の一部となっていた。。しかし忠常は、打ち込めば何か恐ろしいものが現れる様な感じがしていた。龍之進は心静かに忠常の気を読むことに集中している。忠常はこの膠着状態を打ち破ろうと、一歩踏み出しながら素早く八双の構えに変えた。しかし龍之進はピクリとも動かない。忠常の額には汗が滲み出てきていた。忠常は何か抜き差しならぬ物に捕らわれた様な感覚になって来た。また打込めば下から鋭い剣が舞い上がって来る様に感じていたのだ。これでは拙いと意を決して打ち込もうとした刹那、

「参りました! 忠常様。」

鋭い声と共に龍之進が跪いていた。忠常は打ち込む瞬間を止められて、龍之進の声に斬られたような感覚に陥っていた。が、二人は何気ない顔で礼をし、家光に向き直った。

「龍之進、本当に参ったなのか? 忠常、如何じゃな、龍之進の腕前は?」

「上様、真剣なら、打込めば斬られていたかもしれません。凄い剣というより静謐な剣ですが、深い森の中に何か恐ろしい物が潜んでいる様な感じがします。」

「そうか。龍之進、今の剣に名は付いておるか。」

「ハイ、地龍の剣と言います。これは一刀斎先生が名付けてくれました。」

「成程、それで分かった。忠常が何かいると恐れていたのは龍だったという事だ。忠常、危なかったのう。ワッハハハハ。」

その家光の笑い声で二人の緊張は解けたのだった。その後は剣術談義も交えて風魔対策の打合せが進んだ。その間、将軍家光は終始ご機嫌で、風魔の襲撃を楽しみにしている様な節さえ見られたのだった。それは家光が龍之進に絶大なる信頼を寄せたためであった。

次回 地龍の剣58 に続く

前回 地龍の剣56

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。