地龍の剣42

   一刀斎と再会の巻2

飯屋を探し当て薄暗い座席に上がった。親父に飯を頼み、調理場の格子越しに親父に話し掛けた。

「親父さん、小金原に剣術家の一刀斎先生が道場を開いていると聞いているのですが、場所が何処か知っていますか。」

親父は頷いて話し出した。

「オー、知ってるとも。先生はたまに此処に来て一杯飲んでいくのよ。先生の家はここから松戸宿に向かって半里ばかし戻った最初の集落にあるよ。」

これで目途が付いたと龍之進はゆっくりと飯を食べ、飯代にお礼を少し上乗せして親父に渡すと来た道を戻り始めた。目当ての集落の手前で、子供連れの百姓の女に出会った。早速一刀斎先生の家を訊ねると、集落の奥の林に囲まれた屋敷がそうであるとの事だった。そちらに向かって行くと、竹刀を打ち合う音で屋敷は直ぐに分かった。その屋敷は柴の垣根に粗末な門があり、酔夢庵と書かれた板が掛かっていた。家は直角に曲がった曲り家であった。その左正面が道場であり、明り取りの窓が周りを廻っていた。龍之進がその窓を覗くと、三人の壮年の剣士が居て、二人が竹刀を交えていた。稽古の切の良いところで龍之進は中に声を掛けた。

「稽古中申し訳ありませんが、此処は一刀斎先生のお住まいでしょうか。」

「そうだが。貴殿は何の用かな。」

「一刀斎先生に龍之進が訪ねて来たと、お伝えして頂けませんか。」

「龍之進殿と申されるのか。右側に玄関があるから、そこでしばしお待ちあれ。」

「有難うございます。玄関に廻ります。」

そう言って右側にある玄関に入ると直ぐに一刀斎が出てきた。

「オー、龍之進殿か。久し振りじゃのう。よく来た。サーサ、上がった、上がった。」

という具合で一刀斎の居間に通されたのだ。そこで龍之進は氷川での指導の御礼を言い、今回はここで一カ月程の修行をしたい旨を一刀斎に伝えた。一刀斎は喜んで、好きなだけ修行をしなさいと言ってくれたのだった。一刀斎は先ほどの三人を呼んだ。

「この若者は峰山龍之進と言ってな、青梅の山奥で一年半ほど剣の修行をしておったのじゃ。儂は二度ほど行って立合ったが、中々の腕前じゃ。ここで一カ月程修行をしたいそうだ。面倒を見てやってくれ。といってもお主達の手には負えんと思うがの。」

そう言われた三人は少々気色ばんだ。まだ二十歳にも届かぬと思われる若造に、一刀斎先生に直々に教えてもらっている我らが遅れを取るはずがない、という思いだった。その気持ちを察したのか、一刀斎が言った。

「明日から同じように修行する仲間だが、お互いに実力を知っておくことが大事だな。これから道場で歓迎試合とするか。」

その言葉に三人は勇躍して道場に向かった。一刀斎は龍之進に言った。

「明日にはどうせ分かる事だが、あの三人に早々に現実を知らしめる事も必要だでな。遠慮する事は無い。思う存分に立合ってくれ。」

そして台所に向かって、

「お光さんや、今晩は五人で宴会だ。その用意を宜しくな。酒もたっぷりとな。」

お手伝いに来ているお光に一刀斎はそう言って、二人も道場に向かった。龍之進は道場の隅で持参した稽古着に着替えた。一刀斎が一段高い見所に座り言った。

「勝負は一本で決める。真剣なら二本目はないからな。一番は山崎三郎之介、お前が相手せい。龍之進殿、壁にある竹刀をどれでも使ってよい。」

二人は一礼して対峙した。山崎は正眼に構えた。龍之進は八双の構えだ。山崎の前には青年剣士が威圧感もなくスッと立っていた。何程のことも無いな、俺の実力を見せてくれると、山崎は竹刀を振りかぶって間合いに突入した。この勝負貰ったと龍之進の姿めがけて竹刀を打ち下ろしたが、龍之進の姿は瞬時にそこから消え、横から小手を打たれて竹刀は床に転がっていた。山崎は見た事もない相手の素早さに唖然とし、痛い手を押さえながらすごすごと壁際に下がった。

「次、川田伝兵衛!」

川田は前の山崎の試合を見て、打ち下ろしが素早く出来る大上段の構えにした。龍之進は斜め右下に構えた。川田が見ても涼やかな青年が立っているだけに見えた。しかし仲間が倒されたのだ。油断しないよう素早く踏み込んで、一気に竹刀を振り下した。と思っただけで、途中で竹刀の手元を下から打ち上げられていた。竹刀は道場の隅まで飛んで行ったのだった。龍之進の間合いに入る速さが段違いで、アッと思った時は目の前にいて、振り下ろす竹刀を下から打たれたのであった。

「次、西島甚五郎!」

三人の中では一番腕の立つ西島だ。二人の負ける様をよく見ていた。龍之進の動きは今まで見た事もない速さであり、尚且つ自然な動きであったのだ。この速さに勝つには突きしかないと西島は考えた。礼をすると西島は突きの構えを取った。龍之進は右片手に竹刀を下げて持つと、スッと後ろに下がった。そしてヒョイと屈み込みながら、素早く間合いに踏み込んで行った。西島はアレッ?と思った。龍之進が屈みこんだ事と予想以上の踏み込みの速さに、間合いの感覚がずれてしまったのだ。そのため西島の繰り出す突きは僅かに遅れてしまった。龍之進の突きが先に鳩尾に入り、西島は後ろに吹っ飛んでいた。失神した西島を慌てて山崎と川田が介抱した。暫くして西島は息を吹き返し呻いた。

「アレ? 俺は如何したんだ?」

「龍之進殿の突きで吹っ飛んだんだよ。」

「そうか、俺の突きに突きで返されたか。さすがは一刀斎先生の推す龍之進殿だ。色々教えてもらわねばなるまいな。」

山崎と川田もそうだなと言いながら深く頷いていた。一刀斎はその三人の会話を聞いて頷きながら言った。

「三人とも龍之進殿の強さが分かったようだな。さてと、それではこれから歓迎会という事で一杯飲むとするかな。」

次回 地龍の剣43 に続く

前回 地龍の剣41

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。