地龍の剣7

  強盗退治の巻2

名主と女房のお菜実が口々に、

「龍之進様、お願いします。」

と言う声を背後に聞きながら、家の右にある入口に向かった。静かに戸を開けると、そっと中に足を踏み入れた。

「誰だ?お前は?」

と、盗賊の一人が叫んだ。龍之進は穏やかな声で、

「五十両持ってきました。私は名主さんの知り合いです。娘さんの引き渡しをお願い致します。」

と言っている間に、家の中の様子を素早く探った。囲炉裏端に盗賊が座って、魚らしきものを食べていた。徳利もあるので酒も飲んでいたようだ。囲炉裏の正面に一人、左右に一人づつ座っていた。娘は囲炉裏の左奥の柱に縄でつながれ立っていた。正面の首領と思われる男が立ち上がり言った。

「ここに五十両を持って来い。刀は持っていないようだな。」

龍之進は左手に五十両入った風呂敷包みを下げて、ゆっくりとわらじ履きのまま板の間に上がった。その間に囲炉裏の左にいた子分らしき男は立ち上がり、刀を抜いて娘の横に立った。娘は事の成り行きをじっと見ていた。そして龍之進を見た時、何故か助かるかもしれないという思いが娘の脳裏をよぎっていた。龍之進はゆっくりと囲炉裏の左に向かってゆく。囲炉裏の正面にいた首領らしき男は立ち上がって左に二、三歩出た。二人は囲炉裏の左側で向き合った。龍之進は左手に持った五十両の包みをゆっくり上げて言った。

「ここに五十両が入っています。」

「偽物ではないだろうな? もしそうなら娘の命はないぞ。」

と言って、男は手を出して包みを受け取った。とその瞬間、龍之進は屈みながら右手で鋭い当身を男の鳩尾(みぞおち)に叩き込んだ。瞬時に気絶した男の体が前のめりになると同時に、龍之進は左肩でその気を失った体を担ぎ素早く前進した。そこには太刀を娘に突きつけた男がいたが、龍之進は構わず突進した。男は慌てて太刀を振り上げたが、盗賊仲間の体が邪魔になって太刀を振り下ろせない。龍之進は突進する間に、肩で担ぎ上げている男の脇差を右手で抜いていた。

そして太刀を振り上げている男の胸に突きを入れ、素早く引き抜いた。と直ぐに右に向き直りながら担いだ男を振り落とし、囲炉裏の右にいた男にスッと詰め寄った。右の男は瞬時に起こったこの展開に驚いて、立ち上がって太刀を抜いたところだった。しかし龍之進の素早い動きにあっけにとられ、太刀を振り上げるのが僅か遅かったのだった。振り上げた時には龍之進の持っている脇差が胸に刺さっていた。男は苦悶の形相をして伸びあがった後、横にどっと崩れ落ちた。

龍之進はゆっくりと後ろを振り返った。柱に繋がれた娘のお葉は目を丸くして龍之進を見ていた。後になってお葉は、今見てきた場面を思い出そうとしても霧がかかったようで、鮮明に思い出すことは出来なかったのである。龍之進はお葉にゆっくり近づいて、縛られた縄を解いてあげた。そして龍之進はやさしく言った。

「お葉さんだね。もう心配しなくていいよ。お父さんとお母さんが待っているよ。」

お葉はまだ現実を把握しきれていなかった。龍之進はお葉の手をそっと握って戸口に歩き出した。お葉は引っ張られながらその後をついていった。戸を開けて明るい外に出た時、門の近くにいた母お菜実が叫んだ。

「お葉ーッ!」

お葉はその母の叫びを聞いたとき、我に返った。龍之進は握った手をそっと放した。お葉は、

「お母様ーッ!」

と叫ぶと同時に走り寄って来る母に向かって走り出した。母と娘が抱き合った。その瞬間外の群衆から歓声がドッと沸き上がった。父親の名主も抱き合った母娘の肩に手を置いて喜び合っていた。龍之進は役人の佐倉八郎に近寄って言った。

「佐倉様、中に盗賊が三人とも転がっています。二人は死ぬかもしれません。首領と思われる男は当身で気絶しています。」

「龍之進殿、娘さんをよく救ってくれましたな。早速盗賊を縛り上げます。」

と、佐倉八郎は言って名主の清兵衛、下男三人と共に屋敷に入っていった。龍之進と佐吉もその後に従った。脇差で突かれた二人は痙攣を始めていた。もう助かりそうになかった。当身をくらった盗賊の首領は、まだ失神したままであったので、佐倉八郎が素早く縛り上げた。そして下男たちが土間に蓆を敷いて、そこに盗賊たちを横に寝かせた。龍之進は五十両の包みを床から拾い上げて、懐にそっと入れた。下男たちは板の間にこぼれた血を拭き取り、囲炉裏の周りを片付けて綺麗にした。その後下男の一人が刺された盗賊の様子を見ていたが、

「清兵衛様、二人は事切れています。」

と言った。予想していたことなので、清兵衛は慌てることなく下男に命令した。

「お寺に言って和尚様に、二人の無縁仏を葬るようお願いしてきなさい。」

下男一人が慌てて外に走り出した。もう夕暮れ時が近づいていた。

次回 地龍の剣8 に続く

前回 地龍の剣6

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。