地龍の剣24

   峰山家の秘密の巻2

「親分、薪町の峰山様のご子息をお連れしました。」

佐吉が家の奥に向かって声を掛けた。

「オー、来られましたか。今行きますで。」

と声がして、中肉中背の男が出てきて上り框に正座した。龍之進はその顔を見て、別に鬼のような怖い顔ではない、丸顔で寧ろ愛嬌のある顔だなと思った。

「勇五郎親分ですね。私は峰山龍之進と申します。以後ご面倒をお掛けする事もあると思いますが、よろしくお願い致します。」

「丁寧なご挨拶、痛み入ります。私が目明しの勇五郎です。清之進様とは二十年来のお付合いで、色々とお世話になっております。龍之進様、何時でも力になりますので、どんな事でもお申し付けください。」

「その時は御助勢よろしくお願い致します。ところで親分、鬼の親分と呼ばれているようですが、どう見ても人の好さそうな親分に見えますね。」

「ハハハ! 龍之進様は単刀直入に言いますね。確かに鬼の勇五郎と言われています。マア、それは悪党をやっつける時だけですよ。私の顔は二つあるのでしょうね。普通の人には左の顔を見せて、悪人には右の顔を見せるのですよ。アハハハ!」

「親分は中々面白い人ですね。でも悪人にとっては会いたくない人でしょうね。」

と龍之進が言うと、全員大笑いとなったのだった。

勇五郎親分の家を出た後、次に向かう所は京橋紺屋町の目明し吉蔵親分だと佐吉が言って、更に説明を加えた。

「この親分は恐ろしい顔をしていて、体も大きな人なのですがね。実は仏の吉蔵と呼ばれている親分なのですよ。」

日本橋の通りを南に向かいながら、龍之進は佐吉に質問した。

「仏とは悪人をお陀仏にする事ではないですよね、佐吉。」

「そうです、龍之進様。普通、悪人は悪事を中々白状しないのですが、この吉蔵親分にかかると、知らぬ間に白状してしまうそうです。どういう訳か悪人から見れば、吉蔵親分が仏様の様に思えるそうで、改心して悪事を吐いてしまう様です。」

「ホウ、そういう人が居るのですね。会うのが楽しみになってきました。」

おしゃべりをしながら日本橋そして紅葉川に架かる中橋を渡った。更に次の京橋を渡った所で右に折れ、外堀に突き当たった左にある紺屋町の吉蔵親分の家に着いた。佐吉が、御免なさいよ、と言いながら中に入った。

「誰だーい?」

「佐吉です。峰山様の。」

すると五十前後の大男がノソッと出てきた。口や鼻も大きくゴツゴツした顔だったが、目元はすっきりした男だった。

「吉蔵親分、峰山様のご子息をお連れしました。」

という佐吉の言葉に、吉蔵は慌てて裾を直しながら上り框に正座した。

「吉蔵親分さん、お初にお目にかかります。私は峰山龍之進と申します。父の仕事の手伝いをするようになりましたので、ご協力よろしくお願い致します。」

「ご丁寧な挨拶有難うござんす。私がこの界隈の目明しをやっている吉蔵です。ウーン、竜太郎坊ちゃんがこんなに大きくなられたのですね。立派に成られましたね。」

「エ? 親分は私を知っているのですか?」

「知っていますとも。十年近く前の事です。仕事で峰山様のお屋敷に行った時、まだ小さかった竜太郎坊ちゃんが、庭で木刀を必死に振っているのを見かけましたよ。」

「そうでしたか。気付きませんでした。今なら稽古でも、周りの状況を頭に入れながら木刀を振るのですが、あの頃はまだ自分の振る木刀しか目に入っていませんでした。未熟者でした。」

「イヤイヤ、小さい時にそこまでは無理でしょうけれど。しかしあの木刀を振る姿は一心不乱で、小さいながら他人を圧倒する感じでしたよ。ところで今の剣術の腕前は凄いものがあると見えますが、如何ですかな。」

「父には一応合格を頂いています。」

「やはりそうでしたか。峰山様に認められた腕前は大したものだと思います。龍之進様の活躍をそのうちに見られる事を楽しみにしています。」

「エーと、親分、本当は活躍する場がない方が良いのですが。」

「オット、いけねえ。本当にそうだ。悪党はいない方が良い。」

と吉蔵の慌て振りの返答に、皆大笑いになった。その後、龍之進が疑問に思っている事を吉蔵に尋ねた。

「ところで親分、仏の親分と呼ばれているそうですが如何してですか。失礼な言い方かもしれませんが、見た目はどちらかというと鬼の親分という感じなのですが。」

吉蔵は龍之進の率直な言い方が気に入った。

「ワッハッハッハ、鬼の吉蔵か。それも悪くはないですな。でも鬼の勇五郎と鬼の吉蔵と鬼が二人いたら、悪党共も救われんでしょうな。」

と、ここでも又皆大笑いだ。吉蔵は続けた。

「冗談はさて置いてと。確かに体はでかいし顔もごつい。しかし悪党を捕まえた後、尋問して白状させるのではなく、奴の生立ちや境遇を聞いてやるのです。面白くて盗みをする奴はほとんどいません。生きていく金がなく、止むを得ず盗みを働くようになってしまうのです。その気持ちを分かってやりませんと白状もしませんし、悔い改める事もありません。マー、有り体に言えば昔の自分がそうでしたから。そして心底悔いた奴は、奉行所の同心様にお願いして、処罰を減じてもらうよう働きかけております。また刑期を終えて出てきた者を、あっしが影日向となり援助しているのです。それを奉行所も知っているので、減刑に応じてくれていると思っています。そんなんで悪党にとってはあっしは仏なんでしょうね。」

初めて聞く意外と深い仏の由来の話に皆は驚き、龍之進は心底感心して言った。

「仏の親分の由来、深く納得しました。中々そこまでは出来ない事ですね。」

次回 地龍の剣25 に続く

前回 地龍の剣23

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。