青梅街道の巻4
翌朝、明け六つ(午前六時)に二人は起きて簡単な朝餉を済ませると、辰の刻(午前八時)には街道を歩いていた。今日の宿は青梅で七里ほどある。昨日の様に面倒なことに巻き込まれると予定が狂わされてしまう、と思いながら二人は歩いて行く。小川(小平市小川町)、五ノ神(羽村市五ノ神)と進んでいく。この日は薄曇りであったが意外と寒くなく、歩を進める事ができた。夕方前には無事に青梅の宿に到着したのだった。今日一日何も起こらなかったので、二人は落ち着いた気分で寝る事ができた。
旅を始めて三日目の朝になった。この日は多摩川の上流に遡って、氷川(奥多摩町)の宿まで行く予定である。川の両側には山が聳えている。剣の修行をするのによさそうな場所が見つかれば、そこで旅は終わるのである。朝餉と中食は、おにぎりを宿で用意してもらった。最初のうちは多摩川の谷も広く、平らな所も多いのでどんどん歩を進めた。日向和田、沢井と進み御嶽の集落を過ぎると、街道を歩く人がかなり減ったのである。これは御嶽山へお参りする人が、青梅街道から逸れて左の山に行くからと、佐吉が説明してくれた。
その後川井、小丹波、棚沢の集落と過ぎてゆく。集落との間は平地が少なく、谷が迫っている所があるので険しい道もある。白丸の集落を過ぎてからは、谷沿いは岩場の崖になり道はない。そのため道はその上の尾根を越えることになる。半刻ほどかかって尾根を越えると夕方近くなり、そこはその日の目的地の氷川の宿であった。
強盗退治の巻1
今夜の寝場所を探そうと宿場を見渡すと、何か様子がおかしい。遠くに見える一軒の屋敷の前に大勢の人が集まっていた。何だろうと、龍之進と佐吉はそこに急いで行った。人だかりの一番後ろで、首を伸ばして屋敷を覗いている人に佐吉は聞いた。
「何かあったのですか?」
「名主の清兵衛さんの屋敷に三人組の強盗が押し入って、娘さんを人質に取って五十両出せと居座っているそうですよ。」
「それは大変な事になりましたな。お役人さんは来ているのですか?」
「ちょうど巡回中のお役人一人が来ています。しかしこの山の中では、名主と言っても五十両の大金はないし、子供を人質に取られていては手の出しようが無いようです。」
その会話をじっと聞いていた龍之進は、しばらく上を向いて考え込んでいたが、佐吉にきっぱりと言った。
「私が何とかしよう。佐吉、中に入るぞ。」
龍之進は人垣をかき分け屋敷の門を潜り、役人と思しき人の所へ行った。そこには名主夫婦と思われる三十歳くらいの二人もいた。その人たちにむかって龍之進は小声で言った。
「お取込み中失礼いたします。私は峰山龍之進と申します。私に娘さんを取り返す策があります。ご両親と思いますが、私に任せていただけませんか。」
思いもかけない言葉に、捕らわれた娘の母お菜実は龍之進の袖を掴んで、
「本当にお葉が助かるのですか?」
と、龍之進の目を縋る様に見ながら言った。
「お菜実、慌てるでない。お侍様、どんな手立てで娘を助けて頂けるので?」
と、名主と思われる憔悴した顔の男が言った。その問いに龍之進はあっさり答えた。
「私は三日前に剣術修行の旅に出たばかりで、懐にちょうど五十両持ち合わせています。それを私が賊に差し出せば、娘さんは帰って来るのでしょう。」
すると役人と思われる男が思案顔で言った。
「代官所の手代の佐倉八郎です。ありがたいご助言ありがとうございます。ただ懸念されることは、盗賊どもが素直に娘さんを返すか分かりませんし、お手前の五十両も取られ損になってしまう事も考えられます。」
龍之進はその言葉に頷きながら返答した。
「確かにその恐れはあります。それも考慮して、娘さんと五十両も取り返すことを考えています。更にその賊たちも成敗いたす所存です。」
まだ若い龍之進が、事も無げに大言壮語を言うことに皆は訝しがった。その時佐吉がその中に入って、龍之進がスリを捕まえた事や、追剥の駕籠屋を懲らしめた事を説明したのだった。皆の顔がホッと安堵した顔になり、名主は、
「龍之進様、娘の事よろしくお願い致します。お菜実、それで良いな?」
と、お菜実に決断を促すように言った。
「お侍様、娘の事、お葉の事、何卒よろしくお願い致します。」
名主の女房のお菜実は声を振り絞って言った。龍之進は深く頷いて、気になる質問をした。
「ところで娘のお葉さんの歳は幾つなのです?」
「十三歳です。」
との返答に龍之進は安堵した。三つや四つの子供だと、場合によっては助けるときに足手まといの恐れがあるからだ。更にもう一つ質問した。
「家の間取りと、賊が籠っている場所は何処ですか?」
「屋敷の入口は真ん中と右端にあります。賊のいるのは右の入口を入った所です。そこに土間があり、その左手に囲炉裏のある板の間があります。そこに賊は娘と一緒にいます。」
と、名主はその入口を指さして説明してくれた。
「分かりました。それでは早速支度をします。」
と龍之進は言って、腰に差した大小の刀を抜き佐吉に渡した。そして佐吉の担いだ荷物から、五十両の小判を出して風呂敷に包んだ。役人の佐倉八郎は、龍之進が強盗一味を退治すると言ったのに、龍之進が何も武器を持たない事を懸念して言った。
「龍之進殿、脇差か木刀を持って行った方が良いのではないか。」
「佐倉様、何もない方が賊に油断が生じます。その方がこちらとしては動きやすくなります。それでは行って来ます。」
次回 地龍の剣7 に続く
前回 地龍の剣5
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