救出の巻6
一方、玄関前の山岸はもう一人の浪人に梃摺って(てこずって)いた。五十近い歳の浪人であったが重い太刀筋で、剛腕の山岸が打ち込んでもはじき返されていた。時間をかければ山岸の方が若いだけに有利になるのだが、いつ水神組が現れるか分からないのでノンビリ出来ないのだ。
「山岸殿、私が代わりましょう。」
「オオ、龍之進殿か。あちらは片付いたと見えるな。こやつ、中々しぶとい。代わってくれ。」
山岸が下がって龍之進が前に出た。
「どうもあの二人はやられた様だな。若造、いや龍之進と言ったな。木刀とはいい度胸だ。戦場で生き延びた剣の腕前をお見せしよう。」
浪人はそう言うと太刀を右八双に構えた。龍之進は右片手で木刀を斜め下に構えた。龍之進はそのまま三~四歩下がるとスーッと前に出て行く。しかしその速さは間合いに入る直前には、浪人が想像もしない速さになっていた。浪人の間合いを掴む感覚が、その速さを捉えきれず僅かに遅れたのだ。浪人が八双の構えから龍之進めがけて太刀を落とし始めた時には、龍之進の木刀が浪人の胴にズンッと入っていた。浪人は苦悶の表情で崩れ落ちていった。
「お見事! 龍之進殿。」
山岸は思わず叫んでいた。自分が苦戦した浪人のあの豪剣を簡単に封じて、一太刀で浪人を倒したことに恐ろしい物を感じていた。その時勇五郎が縄を掛けた偽尼と浪人二人を引き連れて奥から歩いてきた。その後ろには女の子四人が固まって歩いてきた。勇五郎は玄関前に倒れて呻いている豪剣の浪人にも縄をかけて立たせた。そしてこの一団は舟のある所まで急いで歩いて行き、全員を乗せた船は全速力で南町奉行所に戻って行った。
道灌山の大捕物の巻1
奉行所に戻ると直ぐに偽尼と三人の浪人の取り調べが白州で行われ、人攫いは水神組親分の源之丞が仕組んだという裏付けが取れたのだった。偽尼は源之丞の囲い者だったので、白状した内容は信頼できるものだった。そのお調べには奉行の他に峰山親子と山岸同心も加わっていた。取り調べの終わった南町奉行の島田利正は別室にその三人を呼んだ。
「さて問題は水神組を如何に壊滅させるかだ。相手は源之丞と用心棒の浪人約十人、それにやくざ十五~六人の大人数だ。水神組の本拠の浅草は人通りが多く、大捕物をすると混乱が起きる。また通行人が怪我をしたり、人質に取られて厄介な事になるかも知れぬな。夜はその恐れはないが、闇に紛れて逃げられるかも知れぬ。いずれにしても難儀な事じゃな。」
町奉行の言葉に山岸同心も如何したものかと考えていたが、名案は浮かんでこなかった。その時、清之進が龍之進に言った。
「最善の方法は、龍之進、お前が囮になる事だな。」
その言葉の意味が分からず、町奉行と同心は清之進と龍之進の顔を交互に見た。龍之進は父の考えが直ぐに分かった。
「父上、成程名案ですね。私が囮になって水神組を道灌山に誘い出しましょう。私を堀留町で探している水神組の見張りに、道灌山で待っているという親分への手紙を渡せば、水神組が大挙して道灌山に来るでしょう。そこで水神組は壊滅ですね。」
清之進はこの話でもまだよく分からない顔をしている二人に、龍之進が堀留町で髪結に無法を働く水神組の三人を懲らしめた事、その後水神組が仕返しの為に龍之進を探している事などを説明したのだ。町奉行は納得して言った。
「そうであったか。それなれば話は早い。明日の巳の刻(午前十時)にその見張りに手紙を渡すとすると、午の刻(十二時)から遅くとも未の刻(午後二時)までには水神組が道灌山に現れるだろう。そしてその前に奉行所の手勢を伏せておくとするか。」
その言葉に皆頷いたが、龍之進がある考えがありますと言って話し始めた。
「お奉行様の案でよろしいかと思いますが、確実に誘い出すために一工夫したいと思います。手紙に、竜宮庵を襲った、子供は預かった、人攫いの事を奉行所に通報されたくなければ、百両を今日午の刻までに道灌山に持参せよ、と書けば如何でしょう。まだ竜宮庵の件を水神組は知らないでしょうから、それを確かめる時間を与えるために、辰の刻(午前八時)に手紙を渡します。」
「ウムー、それは良い。確実だな。」
奉行が賛同した。すると山岸が
「さすれば龍之進殿は強請りをやるという事ですな。これは愉快だ。」
と言ったので、全員が大笑いしたのであった。
次の日の朝の事だ。大晦日も後数日に迫っていた。堀留町の辻で朝の寒さに悴んだ手を息で温めながら、水神組の三次は背を丸めて立っていた。心の中では愚痴が次々と涌いていたのだった。
… もう年の瀬だというのに、何でこんな所に朝早くから一日中立っていなければいけないのだ。他の連中は家の中でぬくぬくして居るのに。原因はあの若侍だ。何としても見つけ出さないと親分に半殺しにされてしまうでな。 …
そう思いつつ、龍之進に木刀で撃たれてまだ痣の残る手を摩っていた。トントン。後ろから誰かが肩を叩いた。三次は振り向いた。そして一瞬棒立ちになり絶句した。
「アッ、アー? てめえは? この間の若侍だな?」
さんざ探していた若侍が目の前にニコッとして立っていた。三次は怒りに震えて懐の匕首に手をやった。すると若侍はその手をピタリと押さえて言った。
「慌てるでない。此処に手紙があります。直ぐ源之丞親分の所へ持っていきなさい。ぐずぐずしていると大親分に大目玉を喰らいますよ。」
三次は思いもせぬ展開に躊躇したが、ここで匕首を振り回しても勝ち目がない事は分かっていた。手紙を掴み取ると一目散に走り出した。
次回 地龍の剣39 に続く
前回 地龍の剣37
コメントを残す