救出の巻3
大晦日の七日前の朝、吉原の甚右衛門から使いが来た。例の件で分かった事があるから、直ぐ来て欲しいとの言付けであった。龍之進は直ぐ吉原の西田屋に駆けつけた。甚右衛門は例の居間で待っていた。
「龍之進様、やっと分かりましたぞ。松金楼の禿(かむろ)のあやめが攫われた女の子でした。約一年前にあやめを連れて来た女衒はいつもと違う男だったのですが、あやめの顔、姿が良かったので六両で買ったという事です。松金楼では気掛かりな買い物であったが、あやめの可愛らしさ、頭の良さで良い買い物をしたと喜んでいたようです。しかし松金楼でも出自に少し不安があり、儂がじっくりと話を訊いていくと攫われたという事が分かったという次第です。」
と甚右衛門はここまで言って、少し冷めたお茶をゆっくり口に含んだ。
「あやめによると隠れ家の場所は分からないが、直ぐ近くに寺だか神社があったそうです。隠れ家には女の子が三人いて尼さんが読み書きを教えてくれていたそうです。あやめの生まれは道灌山北の上尾久村だそうで、去年の秋の村祭りで両親とはぐれ、そこを狙われて攫われたという事です。舟に乗せられて下って行き、川の左岸に上陸したけれども地名は分からないようでした。そこから少し歩かされた所に隠れ家があったという事でした。」
「という事はやはり浅草川の向島辺りに隠れ家があるという推測は、間違っていないという事なのでしょうね。」
「儂もそうだと思います。そしてあやめは隠れ家にいる間、攫われた事や隠れ家の場所について人に話すと、両親の命はないとずっと脅されていたとの事でした。だからこの話をするのを非常に怖がって、訊き出すのに二日も掛かってしまいましたよ。」
「甚右衛門様、有難うございました。浅草川の東岸という事が分かった事は大きな手掛かりとなります。それでも広いので探すのは大変ですが、尼寺と分かったので探索の絞り込みが出来そうです。ところでその禿のあやめは如何なりますか。」
「金松楼の犯した間違いという事で、上尾久村の両親の元に返す事にしました。本人も勿論それを望んでいますでな。女衒に払った六両の金は金松楼の罰金という事になりました。あやめが人攫いの話をしたという事が水神組に漏れなければ、仕返しなどはありますまい。それより水神組を始末する事が肝心ですな。」
「甚右衛門様、その通りです。他の方面でも探索に当たっているので、その情報が入れば隠れ家の場所を更に絞る事も出来るのではないかと思っています。解決した折には報告に来ます。お骨折り有難うございました。」
龍之進は屋敷に帰ると直ぐ父に報告した。
「やはり推測は間違っていなかったな。さて向島のどの辺りになるかな。徳次郎と勇五郎の報告を待つしかないな。」
清之進は腕組みをして考えていた。次の日の朝に勇五郎が屋敷を訪れた。
「峰山様、探索に手間を取って申し訳ありません。攫われて売られた子供の居場所が分かりました。女房の三味線仲間五~六人に話を訊くと、どうも馬喰町の旅籠桐生屋ではないかという事が分かりました。そこのお光と言う八歳の女の子が攫われた子でした。攫われた事を人にしゃべるとお父とお母の命はないと脅されていたようです。その子が言うに、隠れ家は川から一町くらいの所にあり、そこで尼さんに世話をされていたようです。生まれは本木村との事ですが、女の子をそこへ返したら水神組に感ずかれる恐れもあるので、まだ桐生屋で働かせています。」
「親分、攫われた女の子の場所がよく分かったな。またお光をまだ働かせている判断も良かった。水神組に感ずかれでもしたら、隠れ家を替えてしまうかもしれないからな。」
そう言った清之進は、川岸から一町という事でだいぶ場所を絞れたなと感じていた。
その日の昼、今度は日本橋水運の徳次郎が訪れた。徳次郎は興奮した態で話し出した。
「峰山様、向島の上陸地点を発見しました。うちの舟を浅草にやって毎日見張っていたのですが、今朝水神組の法被を着た船頭が猪木舟を出したんです。その舟には恰幅の良い男が乗っていまして、怪しいと睨んだうちの船頭の仙蔵がそっと後を追いかけたんです。舟は上流の待乳山を少し過ぎた所で、対岸の向島に接岸したのです。うちの仙蔵はそこから少し下った岸の草むらに舟を入れて、一刻ほど待っていました。すると先程の舟がすぐ横を下って行き、乗っている男は水神組の親分という事が分かったんですよ。」
今度は清之進が興奮して言った。
「でかした! 徳次郎、あの付近は確か牛御前社(今の牛嶋神社)があったな。その近くに隠れ家があるのであろう。徳次郎、その船頭に明日そこへ龍之進を案内するよう言ってくれ。龍之進、その隠れ家を見つけて下見をしておいてくれ。明後日が女の子達の救出日になると思う。儂は明日、南町奉行所に行って来るでな。」
次回 地龍の剣36 に続く
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