地龍の剣15

   運命の出会いの巻2

「龍之進殿、その賊を倒した時の様子を話してもらえないかな。」

と一刀斎は静かに訊いてきた。そこで龍之進は、一刀斎様から見るとどのように見えるのかな、と思いながら一部始終を語った。

「フーム、中々豪胆、且つ瞬時の判断力はたいしたものだのう。若いのにそこまで到達したのはどんな修行をしてきたのかな。よかったらそちらも話してくれないか。」

と一刀斎は言った。龍之進は父との稽古や、こちらでの修業内容などを簡潔に話した。

「フム、成程そういう修行をしてきたなら、三人の盗賊を素手でやっつけるぐらいは大丈夫だろう。しかし、少し気になる事がある。儂と立ち合うて見ないか。」

と一刀斎は言い出したのである。龍之進にとってみれば、当代一の剣豪と試合できるなんて夢のような話であった。

「一刀斎様、願ってもない事です。立会いよろしくお願い致します。」

と龍之進は嬉しさを抑えきれない様子で返答した。二人と清兵衛は庭に出た。龍之進は持ってきた木刀を一刀斎に渡し、自分は竹刀を持った。一間余の間合いで礼をし、それぞれが構えた。龍之進は竹刀を斜め右下に構えた。一刀斎は背筋をスッと伸ばし右八双に構える。龍之進は踏み込もうとするが、何故か踏み込めない。一刀斎の姿が絵になるほど美しく、見とれる程なのだ。自分が打ち込んでいくと、その前に打たれる姿が頭に浮かぶ。打込みが出来ず十秒ほど動きが止まっていた。

その時一刀斎の美しい姿に、わずかな綻びが見えた。瞬間的に龍之進の体が反応した。数歩素早く踏み込みながら、竹刀を一刀斎の胴に伸ばす。しかし一刀斎の木刀も、龍之進の経験した事のない速さで左肩に伸びてくる。それを躱すよう龍之進の体が反応するが間に合わない。ダメだと衝撃を覚悟した時、木刀は肩の一寸手前でピタリと止まった。そして龍之進の竹刀は空を切っていた。龍之進は全身から力が抜けていった。

「参りました。」

と龍之進が言うと、一刀斎がすかさず言った。

「もう一番やってみよう。」

「喜んでやらせていただきます。」

と龍之進は答えると、竹刀を右横やや後ろに水平に構えた。一刀斎は中段の構えから腕を縮めて、左脇腹に木刀の柄頭を当てて構えた。つまり突きに行くぞと言う構えだ。その瞬間、龍之進は動けない。顔が赤くなってくるが本人は気付かない。大きな壁に向かっているというより、飛び込めば死地に入り込む感覚が支配していた。龍之進は如何にもならなくなって、ガクッと膝をついた。

「恐れ入りました。如何にも打ち込めません。」

と率直に負けを認めた。

「龍之進殿、打込まないで負けが分かるのは見所がある。囲炉裏端に座ってこの続きの話をしようかのう。清兵衛殿、如何かな。」

と一刀斎は龍之進と清兵衛に言った。清兵衛は試合中の二人の気に飲み込まれていたが、一刀斎の言葉にハッと我に返り、あたふたと返答した。

「あ? はい、そうですな、中でお茶でも飲みましょう。さ、さっ、中にお入りください。」

清兵衛は二人を促して屋敷の中へ入っていった。三人は言葉を発することなく囲炉裏端に座り、茶を飲み始めた。一刀斎はお茶を一杯飲み終えると話し出した。

「龍之進殿、最初の立会いで分かったと思うがな、熟達の剣客の剣を避けるのは至難の業だ。更に八双の構えは、後ろに引かないでそのまま打ち込めるので、余計に素早い。そこに飛び込む余裕はないのではないかな。そう感じて儂はちょっとしたスキと言うか誘いをかけたのだ。その瞬間お主は予想通り飛び込んできた。まあ、そのスキを感じ取れるのだから、大したものではあるがな。」

「やはりそうでしたか。あのスキがなければ、私は飛び込めませんでした。それにしても、あの太刀の速さには敵いません。」

と龍之進は感服して言った。一刀斎は軽く頷き話を続けた。

「二度目の立会いじゃがな、龍之進殿の剣術の最大の欠点を晒したのじゃ。普通の太刀筋は、一旦後ろに引いて反動を付けて素早く切り込むのだが、その僅かな瞬間に龍之進殿は、間合いに入りながら太刀筋を読む。そして相手の剣を避けながらこちらが打ち込むわけだ。ところが突きには余分の動きはない。瞬時に相手に届く。その僅かな時間では躱すことはほぼ不可能なのだ。自分が飛び込む所に突きが来るだけなのじゃ。」

「一刀斎様、正にその通りです。飛び込めば躱せない突きが来るのが分かったから、動けませんでした。まだまだ未熟者です。」

と龍之進は淡々と言った。一刀斎は、

「なに、そんなに気落ちすることはない。今までの技で通じる相手にはそれを使えばいい。そうでない熟達者には、それなりの剣を使えばいいのだ。そこでだ、その工夫、ないしは必殺の剣を生み出す必要があるな。」

と、龍之進を真直ぐに見て言った。

「それを父も言っていました。今の剣術では一流の剣客には勝てない。新たな剣を生み出さなければと。が、今までの剣を磨くことに没頭していて、必殺の剣を生み出す事は疎かになっていました。」

「今までの技に磨きを掛けることは、悪い事ではない。今後はそれに足して新しい剣を産むのじゃ。さてと、長居をしたのう。これでお暇いたそう。今年はもう来れないが、来年またここへ来るとしよう。それまでに新しい剣を生み出すのじゃ、龍之進殿。」

と一刀斎は言ってひょっこり立ち上がった。二人は一刀斎を門まで見送りに出た。

「一刀斎様、必ずや秘剣を生み出します。次に来られる時までには。」

と龍之進が言うと、一刀斎は

「ウム、楽しみにしておる。清兵衛さん、お邪魔したな。それではさらばじゃ。」

と言うと、ゆったりとした風の様に去っていった。一刀斎は何故か龍之進を孫の様に感じていた。一徹な若者で邪気が全くない。純粋に剣が好きで修行をしている姿に、若い頃の自分の姿を重ねていたのだった。

次回 地龍の剣16 に続く

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。