強盗退治の巻3
名主の女房のお菜実、助けられた娘のお葉が屋敷の中に入ってきた。名主の清兵衛はお菜実に、直ぐお礼の接待の支度をするように言った。そして龍之進にお礼をしようと、役人の佐倉八郎と共に客間に案内した。佐吉は気絶した盗賊の監視を含め、囲炉裏端でお茶を頂くことになった。十二畳ほどある客間に龍之進と佐倉八郎が座った時、清兵衛は龍之進の前に両手をついてお礼を言った。
「龍之進様、娘のお葉を助けて頂いて本当に有難うございました。もし龍之進様がいなかったら如何なっていたことかと。本当に有難うございました。」
丁寧なお礼に、龍之進は恐縮して、
「たまたま父が五十両持たせてくれたのが幸いしただけです。」
と言うと、佐倉八郎が龍之進に向き直り、
「そればかりではない。龍之進殿は刀無しの素手で盗賊に向かって、三人全員を退治してしまった。若いのに大した腕前ですな。」
と驚いた様子で言った。そこへ佐吉が来て、
「お邪魔致します。生き残った盗賊が息を吹き返した様です。如何致しますか。」
と報告した。それに対して佐倉が言った。
「そうか。それでは手前が参ろう。少し尋問する事があるでな。」
と言って、縛られた盗賊のいる土間に向かった。その間にお茶の支度が出来て、それを持ってお菜実と娘のお葉が客間に来た。
「龍之進様、娘の命をお助け下さいまして本当に有難うございました。」
と、お菜実が深々と頭を下げ、その後に続いてお葉も、
「龍之進様、助けて頂いて本当に有難うございました。」
と、母娘二人で丁寧に頭を下げた。お葉は、よく見ると目のパッチリしたかわいらしい顔をしていた。妹のさちに似ている気がしないでもなかった。それで龍之進は少し郷愁の気持ちが涌いてきて、思わず言った。
「お葉さん、よく我慢していたね。大変だったろうね。私にはお葉さんより少し年下の妹がいます。それであまり他人事とは思えません。」
と、つい身の上話になりそうになって話を止めた。しかしお菜実は急に龍之進に近親感が涌いて言った。
「そうなのですか。それではお葉は龍之進様の妹みたいなものですね。今晩は是非泊まっていって下さいね。お前さんいいでしょう?」
急に話を振られた清兵衛は、
「私も元よりその心算だ。娘の命の恩人を返しちゃー罰が当たる。龍之進様、そういう事で今夜はここにお泊り下さい。」
龍之進はここに迷惑がかかるので断ろうと思ったが、夫婦の真剣な様子に、無下に断っても角が立つと思い承知した。
「分かりました。それでは今夜は遠慮なく泊めていただきます。連れの佐吉は囲炉裏の間に床をお願い致します。」
お菜実はホッと安堵して、
「良かった。お泊り頂けるのですね。それでは早速夕飯の支度にかかります。少々お待ちくださいね。」
と言って、お葉を連れて退出した。そこへ佐倉が戻ってきて言った。
「賊の名は井内平四郎といって、西軍の落武者のようです。甲府から江戸に行く途中で金が足りなくなって、強盗に及んだとという事です。明日、青梅の代官所に連れて行きます。吟味すれば余罪もあると思います。」
名主の清兵衛は頷いて、
「それでは土間に縛ったまま寝かせて置きますか。ところで龍之進様、素手で三人をどうやって倒したのです?」
と、一番聞きたい事を質問した。それは役人の佐倉も聞きたい事だった。佐倉も剣の腕は仲間内で一、二を争う腕だったのだ。
「龍之進殿、それは私も是非お聞きしたい事です。如何ですかな。」
二人にそのように言われては黙っているわけにはいかなくなった龍之進は、簡略に盗賊を退治した経緯を話したのだった。黙って聞いていた佐倉が更に突っ込んで聞いてきた。
「聞けば簡単の様に思えるが実際にはそうはいかないでしょう。これを可能にするためには的確な判断力、途方もない反射神経と瞬発力がなければ出来る事ではないでしょう。今までどのような剣術の稽古をやってきたのですかな?」
話の流れで龍之進はその質問に答えなければならない様な雰囲気になっていた。
「五歳の時から父に剣術を習っていました。朝の稽古は素手で父の竹刀を掻い潜り、父の懐に飛び込む稽古でした。その後は木刀であらゆる方向に剣を振れる様にする一人稽古でした。午後は短い竹刀を持って、父の竹刀を掻い潜って打ち込む稽古です。父の合格のお許しが出たのはついこの間の事です。次は山に籠って一人で剣の修行をし、新しい自分の剣を編み出しなさいと言う父の指示でした。それで修行できる山はないかと青梅街道を旅している途中なのです。」
佐倉はそれを聞いていった。
「すると道場には通ってないのですね。」
「そうです。普通は剣を習うために道場へ行くのですが、父はそれを禁止しました。理由は道場の稽古は竹刀の打ち合いになってしまうからです。それでは剣の動きが止まってしまう事になります。多数の敵と戦う場合、動きが止まった瞬間に別の敵に切られてしまいます。ですから父との稽古は刃を合わすような剣捌きはしません。敵の剣を掻い潜り、一太刀で相手の攻撃力を封じるよう訓練されました。」
次回 地龍の剣9 に続く
前回 地龍の剣7
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