偽小判探索の巻1
吉原で行われていた小判鑑定が思いの外早く六日で終わった。結果は三枚の偽小判が出てきたのだ。そしてその偽小判が有った妓楼は半籬の増田屋だった。主も番頭も誰がそれを使ったか分からないとの事だった。そこで龍之進は小判師の藤次に頼んで、増田屋の主と番頭に見分け方を徹底的に教え込んだのだ。次に偽小判を使う客が現れれば、偽金使いの犯人と特定できるのだ。
増田屋でそんな対策が打たれているとは知らず、笹山右京はその数日後の夕刻にまた吉原に出掛けたのだ。右京は大黒屋の甘い汁に騙されて、今までやった事のない押し込み強盗や火付けの悪事をさせられて、気が重く心は晴れなかった。右京は根っからの悪党ではなかったが、兄の水神組の親分源之丞を失い、援助の金が途絶えてしまったのだった。どうしようもなく辻斬りをやってしまい、それが切っ掛けで悪の泥沼に引き摺り込まれて抜け出せなくなってしまったのだ。そしてその気晴らしに、二~三日増田屋の夕菅とゆっくり過ごすのが楽しみになってしまったのだった。
増田屋に着いて半籬の奥を覗くと、多くの遊女と離れて夕菅がポツンと座っていた。夕菅を指名すると番頭が出てきて、連泊をするなら前金を預けてくれと言われたのだ。前は前金を請求されなかったのにと思いながら二両を渡した。二階に通された右京は直ぐ酒を注文した。その時階下の帳場では増田屋の主と番頭が、右京の渡した二枚の小判をじっくりと調べていた。二人は顔を見合わせて囁いた。
「偽小判に違いない。番頭は如何思うか。」
「私も偽小判だと思います。」
「よし、それではその小判を持って龍之進様の所へ報告に行きなさい。それから偽小判の浪人は連泊だから、明後日の朝に増田屋を出る予定だと言う事を忘れないようにな。」
増田屋の番頭から偽小判を受け取った龍之進は、張った網に獲物が掛かった事にホッとした。次の朝、龍之進は金座に出向いた。小判師の藤次にその小判を見せたところ、偽物に間違いないとの事だった。そしてその足で鍛冶橋の南町奉行に行き奉行と打合せをした。
「龍之進殿、作戦が上手く当たったが、さて如何するか。捕まえるのは簡単だがな。」
「お奉行様、その男の顔を確認して行先を見届けるだけで良いかと思います。一人捕まれば首謀者はどこかへ雲隠れしてしまいます。それより泳がしておいて動きを見ていた方が好都合かと思います。」
「やはりそう思うか。その男の顔を見るのはそなたと目明しの吉蔵、それにその手下が良いな。そして尾行は慣れている吉蔵と手下にやってもらうと良い。」
そんな打合せの後、帰りに京橋紺屋町の吉蔵の所に寄ってこの件を伝えた。屋敷に帰った龍之進は父清之進に今日の一連の経過をした。父は息子の龍之進が一人で動くことによって、独り立ちできるように訓練していたのだった。
次の朝早く龍之進は吉原の増田屋に出掛けた。目明しの吉蔵と手下の仁吉はすでに来ていた。三人は入口近くの帳場の奥に隠れた。しばらくして浪人と夕菅が階下に下りて来た。浪人は不足分の二両を番頭に渡した。その時その浪人の顔が見えた龍之進はアッと思った。先日木島屋の材木置き場で、番頭らしき男の横にいた目つきの鋭い浪人だったのだ。そして人相書きの笹山にかなり似ていた。押し込み強盗の笹山、偽小判、材木問屋の木島屋と、総ての駒が揃ったとは思わないが、推測した筋書きが間違っていないと龍之進は感じていた。
夕菅に別れを告げた右京は増田屋を出た。その後を目明しの吉蔵と手下の仁吉が追い始めた。右京の六~七間後を仁吉が、又その仁吉の三間くらい後を吉蔵が追った。それを途中交代しながら追うのだ。右京は爽やかな朝を満喫しながら歩いて行く。道は朝早く動き出した人達で活況に溢れていた。そのため尾行は気付かれる恐れはなかった。右京は西に向かって堀留堀の親父橋を渡り、更に伊勢町堀の思案橋を渡って日本橋に出た。その橋を南に渡り、更に紅葉川の中橋を渡って、右側の南槇町のある店に入っていった。
店の上には「両替商 大黒屋」の大看板が架かっていたのだった。吉蔵と仁吉は一旦渡った中橋を戻り、紅葉川の向かい側から大黒屋を見張った。右京は大黒屋に約束の百両を払ってほしいと頼んでいたのだ。夕菅の身請け料が欲しかったのだ。しかしここで払ったら右京はどこかへ行ってしまうと考えた大黒屋は、まだ仕事が半ばであり全部終わった時は二百両払う、と言って右京に納得させたのだ。半刻程して右京は大黒屋を出てきた。そして来た道を戻って行く。
二人はまた尾行を開始した。日本橋を北に渡るとそのまま真っ直ぐに歩いて行く。そのまま行くと神田川の筋違橋に出るが、途中で右折して和泉橋を渡った。そのすぐ下流に木島屋と書かれた材木置き場が有り、そこに入っていったのだ。入口は浪人二人が見張っていた。この日も材木を積んだ大八車が続々と材木置き場から出て行ったのだった。その様子を見た吉蔵は龍之進の屋敷に急いだのであった。
吉蔵の報告を聞いた龍之進は、今までもやもやしていた事件の絡みが見えてきたのだった。水神組の源之丞親分の弟笹山が押し込み強盗で小判を盗み、それを使って大黒屋が偽小判を作る。その偽小判で木島屋が材木を買い込み、火事を起こして材木を高く売る。その事を龍之進の直感が教えていた。となると大黒屋と木島屋を操る人物がいるはずなのだ。父清之進に尾行の結果と推測を話すとその考えに賛同してくれたのだ。大黒屋と木島屋の情報を至急集めなければならない。その中に黒幕の人物の情報が有ればよいのだが。そして小判を使う者が最近現れたかどうかの情報も知りたいのだ。佐吉と弥助が情報集めの連絡に町耳目の元へ飛び出していった。
次回 地龍の剣53 に続く
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