地龍の剣16

   必殺剣胎動の巻1

頭が冴えている。一刀斎と出会ったその夜、龍之進は寝付けなかった。一刀斎とのあの立会いが頭の中を駆け巡っている。当代一の剣の凄さ、速さを見た後では、自分の剣のみすぼらしさが浮き出てしまった。今まで何をやっていたのだろうという後悔の念と、それを越えようという焦りが龍之進を支配していた。このままでは拉致が開かないと思い、寝床を抜け小屋の外に出た。真っ暗闇だが尾根の広場から見える空は、満天の星が輝いていた。

少しヒンヤリした地面に寝っ転がって、満天の星の中に身を横たえた。夜空にはこんなにも星があったのかという事に驚いた。そして明るい星は僅かで、微かに光る星の方がはるかに多い事に気付いた。そしてしばらくは無の境地で星を眺めていた。そのうちに

「ア~、自分は微かに光る星なのだなあ。」

という感傷に浸っていた。しかし、しばらく夜空を眺めるうちに

「でもいつかはあの明るい星に成るのだ。成れるんだ。頑張るぞ!」

という気持ちが少しずつ膨らんでいく。最後は大きな決意となり、先程までの憂鬱な気分はすっかり消えていた。満天の星は希望の光となっていた。

次の朝、まだ暗いうちから龍之進は素振りを始めた。空はゆっくりと白み始め、星々は姿を消していった。しかし昨夜の心の中の希望の星は消えなかった。木刀や真剣を振る動きは腕だけではなく、手首の振りもより意識して使うようにした。更に片手だけでの振りを繰り返し、握力や手首の筋肉を鍛えるようにした。当然右手だけではなく、左手も同じ訓練をしたのだ。

尾根の上り下りも大股で速く走ったり、小股でも足の交互の回転を速くしたりして、体の移動を速めるよう訓練に励んだ。また高い枝や岩に向かって跳ぶ訓練も欠かさずに行った。本仁田山にいたと思えば、一刻後には鋸山にも姿を現す龍之進であった。氷川の人たちは、

「あれは小天狗ではねえ、大天狗だ。」

と噂を始めたのであった。

朝晩涼しい秋が来た。ある日いつもの様に音吉とお葉が籠を持って小屋を訪れた。お葉は度々音吉と一緒に来てはご飯を作ってくれていた。その都度新鮮な野菜を持って来てくれたが、今日は違った。

「龍之進様、今日は特別に美味しい物を持ってきました。何だと思います?」

「お葉さん、そう言うからには野菜や魚ではないな。ウ~ン、果物でしょう!」

「残念でした。はい、開けて見て!」

とお葉が松葉で蓋をした籠を差し出した。龍之進はそれを受け取り、松葉を取り除いた。中には大きなこげ茶色のキノコと、黄褐色の小さなキノコがたくさん入っていた。

「あ、キノコだ。小さいキノコはアミタケではないかな。大きいのは、あ、良い匂いがする。お葉さん、何と言うキノコ?」

と龍之進が大きいキノコを持ち上げて言った。お葉はニコッとしながら

「小さいのはアミタケで合っています。大きいのはマツタケです。今朝、音吉さんの知っている山に行って採ってきたのです。とても美味しいキノコですよ。これから料理しますね。」

と言って小屋の中に入っていったので、龍之進と音吉も後に続いた。お葉はマツタケを数本裂いて炊き込みご飯にした。小屋中がマツタケの香りでいっぱいになった。そしてアミタケは味噌汁に入れた。残しておいたマツタケは囲炉裏で焼き、四つ割りに裂いて醤油をかけた。龍之進にとってマツタケ料理は初めてだった。世の中にこんなに美味しいご飯があるのかと驚いたが、驚きはそれだけではなかった。

焼きマツタケの美味しいこと! 醤油がマツタケの旨みを引き立たせ、やや弾力のある歯応えと、独特の芳香が美味しさの感動を強くしていた。味噌汁のアミタケは火が通ると紫色に変わるが、トロッとした食感と味はマツタケとは別の美味しさがあった。お葉は二人のご飯や味噌汁のお代わりをしてあげるのに忙しく、食べる暇があまりなかった。しかし何故か嬉しかったのだった。食後はキノコの話で盛り上がり、半刻後に二人は屋敷に帰っていった。

龍之進はまた一人になって稽古を始めた。龍之進は考える。

…大事な事は間合いの見極めと、間合いに入った時は剣が相手に届いていることだ。間合いに入ってから剣を振るようでは遅い。そして肝要な事は剣の速さに見合った素早い踏み込みが出来るかどうかだな。…

龍之進は一刀斎と対峙した姿を思い浮かべながら木刀を振っていた。周りを夜の闇が包み始めていたが、龍之進に気付く様子はなかった。満天の星明かりに、木刀を振る龍之進の姿が浮かび上がっていた。

秋も深まり紅葉も始まったある日、龍之進は大休場尾根をかなりの速さで走っていた。すると前方に大きな黒い塊が動いているのに気付いた。どうも熊のようだ。五~六尺位の大きな熊だった。音吉から、熊は春と秋に遭遇し易いと聞いていた。秋は冬眠の為に餌をたくさん食べる必要があり、里山近くまで餌を探しに下りてくるとの事だった。

龍之進は清兵衛や音吉から熊の恐ろしさを聞いていた。しかし実際の熊を見ると逃げるのではなく、もっと近くで見てみたいという気持ちが涌いてきたのだった。そして用心のため木刀を腰から引き抜いて、五間くらいまで近づいた。その時だった。熊が唸り声をあげて龍之進に突進してきたのだ。

次回 地龍の剣17 に続く

前回 地龍の剣15

 

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タイに仕事で10数年滞在していました。日曜日はゴルフをしていましたが、ある時花の綺麗さとカラフルな鳥の美しさに気付いてしまいました。  それからはカメラをバッグに入れてゴルフです。あるゴルフ場では「写真撮りの日本人」で有名になってしまいました。(あ、ゴルフ場には迷惑をかけておりません。)それらの写真をメインに日本での写真も織り交ぜて見ていただければ幸いです。 また、異郷の地で日本を思いつつ自作した歌を風景の動画とともにご紹介していきたいと思っています。