偽小判探索の巻3
「さて藤野屋は如何するかだが、一味の首領たちが何時集まるか分かれば次の手立てがあるのだが。」
「峰山殿、それは拙者に任せてくれ。こういう時に奉行所という看板が役に立つのですよ。単純に女将のお藤に何時集まるか訊けばいいのです。女将にあの三人は悪い奴かもしれんので、今探索中だと言ってこちらの手伝いをさせるのです。嫌とは言いますまい。」
「山岸殿、そう上手くいくならばそれは有難い。そして集まる日が分かったら、龍之進、お前が忍び込んで三人の話を聞くのだ。佐吉や弥助でもいいが、見つかった時に剣の腕が無ければ逃げるのに難儀するからな。」
「父上、女将が味方なら忍び込むのではなく、女将に隠れる場所を頼んで、そこに最初から隠れる方が良いと思いますが如何でしょう。」
「それもそうだな。女将に言って事前に隠れ場所を準備しておく方が良かろうな。」
「よし、それでは拙者が明日藤野屋の女将に話を付けてこよう。悪党共の藤野屋に来る日が分かったら、峰山殿に連絡するように言っておこう。」
山岸はそう言って、また美味そうに酒を飲み干した。打合せは一刻ほどで終り、三人はほろ酔い気分で奈須屋を後にしたのだった。
大陰謀の巻1
五日程後の昼前に藤野屋から龍之進に使いが来た。その使いの者によると、女将が伝えたい事があるので午後お越し下さいとの事だった。龍之進は未の刻(午後二時)に藤野屋を訪れた。離れに通されると直ぐに女将のお藤が現れた。歳は二十七~八位で清楚な中に花があるような美しい女将であった。
「龍之進様、お初にお目に掛かります。藤野屋の女将のお藤です。」
「お藤さんですか。私は峰山龍之進です。この度はご面倒をお掛けします。」
「同心の山岸様のご依頼を聞いた時は驚きましたが、江戸の治安を守るためだと言われれば協力しない訳にはいきません。ただ、くれぐれも見つからないようにして下さいな。それでお三人方は明日の夕刻に来ると連絡がありました。」
「ご配慮ありがとうございます。それでは明日の夕方少し前に来ます。ところで隠れる場所は何処が良いのでしょうか。」
「今居るこの部屋がお三人方の入られる部屋です。この部屋の横に続きでもう一部屋ありまして、あの壁の向こうです。そこは向こうの部屋の布団を入れる押入れになっています。そこに潜り込めば話は聞こえると思います。」
それを聞いた龍之進は隣の部屋に行って押し入れに潜り込んでみた。そして隣の部屋にいる女将に声を出してもらい、聞こえる事を確認したのだった。
大黒屋達が集まる次の日が来た。龍之進は夕方早めに藤野屋に出掛けた。押し入れのある部屋に一人座っていると隣の部屋に誰か来たようだ。龍之進は押し入れにそっと入り込んで壁に耳を当てた。お藤の挨拶が聞こえ、来たのは木島屋と分かった。誰が来たか分かる様にお藤がしゃべってくれたのだった。程無くして大黒屋が現れ、最後に御前様と呼ばれる男が入ってきた。酒と料理が運ばれてきたようだ。お藤のお酌致しましょうかという声に、自分たちで勝手にやるから下がっておれと言う声が聞こえた。そして誰も離れには来させないようにという声で、お藤は退去したようだった。その後は酒を飲みながら愚にも付かぬ話をしていたが、御前様と呼ばれる男が急に本題の話を始めたのだ。
「ところで大黒屋、偽小判はどの位出来たかな。」
「御前様、盗んだ金が合計三千四百両、そのうち二千五百両を偽小判三千両にして木島屋さんに渡してあります。木島屋さん、火事の材木相場高騰で如何程になりましたかな。」
「あの火事で多くの材木問屋が焼けましたので、相場は三倍近くになりましたな。締めて八千両になりました。」
「木島屋、大黒屋、よくやった。目標の一万両にはもうすぐ手に届くな。」
「はい、その八千両を使ってまた材木を手当てしましたので、程無くして一万両は達成します。ただ材木相場は段々落ち着いて来ましたので、倍とは行きませんが一万二千両くらいにはなるはずです。」
「それは上々な事よ。その金を幕閣にばら撒いて置けば、家光様に何かあった時には我殿が将軍様になるのも夢ではあるまいて。」
壁越しに今の話を聞いた龍之進は、この一味の最終目的がはっきりと分かったのであった。龍之進は一言も聞き逃すまいと全神経を集中し、改めて壁に耳をしっかりと付けたのだ。壁の向こうで話は続く。
「我殿は直情故にこの企みは話しておらぬ。話せば顔や言葉にそれが出てしまうでな。元々殿は自分が将軍になるのが当たり前だと考えておられるのだ。でもそれは殿ばかりではない。我々家臣一同もそれを願っておるのだ。そのためには少々手荒な事もせねばならぬのだ。そのために儂は風魔の生き残りを飼っておるのだ。風魔の徳川幕府に対する恨みを利用するのじゃ。その出番は幕閣に金をばら撒いた後になるがのう。それが上手くいけば大黒屋、木島屋、笑いが止まらんようになるでな。楽しみに待っておれ。」
壁越しにこっそり聞いている龍之進は、大変な事になったと感じていた。将軍家光様の暗殺まで計画している様なのだ。壁の向こうの話はその後また愚の付かぬ話になり、一刻程飲み食いして終わりになった様だった。隣の部屋の人の気配が消えたのを機に、龍之進は押し入れから緊張した様子で出て来た。そして御前様と言われる男の後を付けて、何処の大名の屋敷かを探ろうという気になっていたのだった。
次回 地龍の剣55 に続く
前回 地龍の剣53
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